微生物発電が切り拓くエネルギーの未来 ——DNP・大阪公立大学・TMEICが描く環境浄化型社会

DNPは現在、“エネルギー”という新しい事業分野で価値創造に挑戦し、身近な場所で生み出し活用する「自産自消型エネルギー社会※1」の実現をめざしています。その先頭を走る一つが、微生物からエネルギーを生み出す「微生物発電プロジェクト」です。大阪公立大学、株式会社TMEIC(ティーマイク)、DNPの三者による共同研究は、下水処理場を「エネルギーを消費する施設」から「発電する施設」へと変える可能性を秘めています。2025年の大阪・関西万博でも発表された、このプロジェクトの最前線をキーパーソンがご紹介します。

目次

  • 1 詳しくは記事末尾のコラムをご覧ください。

(写真左から)
株式会社TMEIC 産業・エネルギーシステム第一事業部 カーボンニュートラル&DXイノベーションセンター カーボンニュートラル&DX事業開発グループ長 北垣 剛(きたがき たかし)氏
大阪公立大学大学院 工学研究科 教授、LAC-SYS研究所(RILACS) 副所長 床波 志保(とこなみ しほ)氏
大阪公立大学大学院 理学研究科 教授、LAC-SYS研究所(RILACS) 所長 飯田 琢也(いいだ たくや)氏

(写真左から)
大日本印刷株式会社 ファインデバイス事業部開発本部 主幹研究員 石川 幹雄(いしかわ みきお)
大日本印刷株式会社 マーケティング本部 大阪・関西万博推進委員会 リーダー 居内 俊祐(いうち しゅんすけ)

微生物発電とは?——偶然の出会いから始まった必然的な技術連携

― 三者共同プロジェクトが始まった経緯を教えてください
DNP ・石川(以下、石川):2021年、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の若手研究者支援プログラム「若サポ」で、床波教授の研究発表を聞いたことがきっかけです。微生物を集めるために必要な基板となるハニカム構造の写真が映し出されて、それを目にした瞬間に「DNPの技術がきっと役に立つ」と直感しました。

私はずっとリソグラフィー、つまり材料の表面に意図した微細な形状(パターン)を高精度で形成するパターニング技術の開発に従事してきました。印刷の基本となる微細加工技術は、ディスプレイや半導体といった分野で使われることが多いのですが、それが環境やエネルギーというテーマにも転用できるかもしれない。そう感じて、共同研究の可能性について床波教授にすぐご連絡しました。

写真を見た瞬間に「役立てる」と感じたとのことですが、DNPの印刷技術とどのように結びついたのですか?
石川:具体的には、微生物を集めるためのハニカム構造の基板を精密に作る技術です。DNPは微細加工技術を使って、1マイクロメートル(μm:100万分の1メートル)からナノサイズ(10億分の1メートル)までの構造を安定して製造・量産できる技術を持っています。

床波教授から「基板の量産を担うところを探している」と伺い、「いや、もうそれはうちしかないでしょう」と。

石川 幹雄

大阪公立大学・床波(以下、床波):当時私たちのラボでは2cm四方のセル(電池を構成する単位)で実験していましたが、セルの面積をそれ以上拡げる術がなく、スケールアップに苦戦していました。研究を加速させ、実用化につなげるうえで、非常に重要なパートナーシップだと感じました。

― 微生物発電とは、どのような仕組みですか?
床波:微生物が有機物を分解する際に電子を放出するのですが、その電子を電極で受け取り、電気として取り出すというものです。使用する微生物は2~3μmという極小サイズで、髪の毛の太さの約100分の1に相当します。例えばLED電球を点灯させるほどの電力を発電するには、1つのセルに約3,000万もの微生物を集積させて、そのセルを3つ直列につなぐ必要があります。

私たちの研究では、工場や店舗、一般の家庭などから出る、微生物を含む排水を使って発電を行います。同時に、微生物が有機物を分解することで排水をきれいにすることもめざしています。

床波 志保教授

― 特別な微生物が必要なのですか?
床波:いえ。身の回りにいる微生物です。もちろん電気の出力が高くなる特定の微生物もいますが、私たちが実用化をめざしている発電の対象は、特定の場所や状況にしかいないようなものではありません。

床波教授の研究室で使用している微生物の例

有機物を代謝する際に電子を放出する微生物シュワネラ菌(Shewanella)。1980年代後半にこの菌が発見されたのを契機に、電子を放出する(電気エネルギーを生み出す)微生物「発電菌」を利用する研究が盛んに行われるようになった。
画像提供:大阪公立大学 大学院工学研究科/LAC-SYS研究所 床波志保 教授/副所長

大阪公立大学・飯田(以下、飯田):微生物発電は古くから知られている技術なのですが、長年実用化には至っていませんでした。これは、微生物発電で取り出せる電力が弱すぎるという課題があったためです。そこに床波教授が「発電に寄与する微生物を高密度に集積できると面白いのでは」と着想されたところから、私と床波教授の共同研究が始まりました。

その共同研究の中で私が取り組んでいるのが、「光濃縮」という、光を使って微生物を集める技術です。この技術では、まずセルの電極となるハニカム構造の基板上に金の薄い膜を形成し、そこにレーザー光を照射します。レーザー光を受けた金膜では、電子が振動して局所的に熱が発生します。この熱によって周囲の水が温められ、垂直方向に対流が発生し、希薄になった領域を補うように基板上の液体中の広範囲に流れ(水平方向の対流)が生じます。その対流に乗って、周囲に分散していた微生物がハニカム構造内へと集まってくる仕組みです。

さらに、レーザー光の照射によって微小な気泡が発生するのですが、その気泡の表面の粗密に関係する流れも、微生物の集積を助けています。

一方で、セル内部が高温になりすぎると、微生物は死滅してしまいます。そこでセルの壁材には熱を伝えにくいポリマーを使用しています。ポリマーを用いることで、加熱されるのはレーザーを照射した隔壁付近に限られ、セル内部全体の温度上昇は抑えられます。その結果、微生物にとって適切な内部環境を維持したまま、集積と発電を安定的に継続できる状態を実現できます。

光濃縮によって微生物が集められる様子。セル内部は六角形の壁で仕切られたハニカム構造になっている。平面を隙間なく覆える形は三角形・四角形・六角形のみで、中でも六角形は強度に優れ、微生物を集積するセル構造として適している。

― TMEIC はどのような経緯で参画しましたか?
TMEIC ・北垣(以下、北垣):TMEICは電池そのもののメーカーではありませんが、発電・蓄電システムの制御や電力変換といった領域で豊富な実績と高い技術力を有しています。微生物発電の特徴として、有機物が含まれる産業排水や家庭排水などの未利用バイオマス(再生可能な生物由来資源)を原料として発電できるという点、燃焼をともなわず、化学反応によって電気を生み出すクリーンな発電方式が燃料電池に近いという点に注目しました。

微生物発電の類似技術としてバイオガス発電があります。菌の働きでバイオマスをメタンガスに転換し、ガスタービン等で発電するものですが、燃焼をともなうため排ガスが発生します。それに対して本プロジェクトの微生物発電は燃焼プロセスがないため、排ガスが発生しません。この優位性に着目し、参画を決めました。

微生物発電の最前線——国際的にも先進的な技術統合

― 三者の知見や技術は、どのような役割分担で統合されていますか?
床波:大阪公立大学は基礎研究として、微生物の電子をいかに効率よく取り出すかという点と、光で微生物を集める「光濃縮」の技術を担当しています。

石川:DNPは、その微生物を集めるためのハニカム構造の基板を精密に製造する役割です。強度と効率性を両立した設計で、1μmからナノサイズまでの微細構造を実現しています。

北垣:そしてTMEICは、電極の薄膜成膜技術、その電池から出てくる電力を変換する技術、蓄電する技術、さらにそれらを統合するシステムインテグレーターの役割を担っています。

大阪公立大学の基礎研究、DNPの量産可能な基盤技術、そして電力として社会に接続するTMEICの仕組み。この三つの要素がそろって初めて、微生物発電は研究段階を超えて、実用化への道筋が見えてきます。

実用化に向けて、三者でどのように開発を進めましたか?
石川:すぐにラブコールを送ったとはいえ、初めてお話を伺った時点では、正直なところ実用化のイメージが完全に描けていたわけではありませんでした。当時はセルの1つ1つが非常に小さかったので、果たしてこれで実用化に足る発電量が得られるのだろうかと――。そこで、床波教授にそのまま率直に質問しました。すると微生物を集める光濃縮について詳しく教えていただき、理論だけでなく、実装可能性まで含めて非常に独創的なアプローチだと感じました。初期段階で深く納得したことで、熱意を持って会社にも相談できました。

微細加工技術を用いた基板の最初のサンプルを床波教授にお渡しした時は、とても緊張しました。本当に役立つだろうかと思いながら渡したのですが、すぐに「今までよりも格段に良い数字が出ました」との連絡が! 技術的な手応えを初めて実感できた瞬間でしたね。

床波:それまではガラスで基板を作っていたので、測定のために割れてしまうことがあって、実験の継続性という点で大きな制約がありました。DNPからポリエチレンテレフタレート(PET)素材の基板を何百枚もいただけるようになって、実験条件を幅広く検証できるようになり、研究は大幅に加速。その結果、年間で約2倍の出力向上を実現できました。

飯田:私にとって印象的だったのは、企業の皆さんが整理した課題抽出のプロセスです。例えば電池を作るときの部品や組成などの実験条件をデータベース化したいと言われた時、床波研の研究員には大きな負担になると思い最初は抵抗がありましたが、すべての課題をDNPとTMEICが網羅的にデータベース化していきました。これは大学の限られた人員での研究環境ではあまり見られないアプローチで、大きな違いだなと感じました。

飯田 琢也教授

北垣:社会実装を進めるためには、研究のコア以外の周辺部分も含めて課題を“見える化”し、それを共有しながら解決していく必要があると考えます。そして、本プロジェクトでは、「ここは大学と共同で解決すべき課題」、「ここは既存技術を適用すべき領域」といった整理をさせていただきました。

床波:それでも、スケールアップのたびに新しい課題が出てきましたね。セルを2cm四方から4cm、そして10cm四方へと大きくしていくたびに、予想もしなかった問題が起こります。その都度、DNPやTMEICに「これ、解決できますか」と相談しながら改善を重ねてきました。課題を乗り越えたら、次の課題が必ず出てくる。その繰り返しです。

北垣:一般的に、大学での研究はラボスケール(初期段階の小さい規模)での深い探求を重視する傾向があり、私たち企業は実用化に向けてスケールアップをめざしていく傾向があります。いわゆる研究開発と技術開発の違いですかね。そういった視点の違いはありますが、このプロジェクトでは、「実用化」という共通の目標に向けて三者が非常にフラットな関係で、立場にとらわれず率直に意見を交わしながら、課題解決に取り組んでいます。これは産学連携のプロジェクトとしてかなり珍しく、貴重な関係性だと感じています。

微生物発電はまだ確立された技術ではないので、試行錯誤を重ねながら、実用化への道筋を構築している途上であるということも、フラットな関係性の理由の一つかもしれません。

― 床波教授、飯田教授による微生物発電は、これまでにないレベルの出力を実現したとのことですが、具体的にはどんな点が優れているのでしょうか?
飯田:微生物発電の研究は他にもありますが、床波先生と進めてきた私たちの研究のアプローチの独自性と特徴は、光を使って微生物を即時に従来法よりも桁違いの高密度に集められることです。

床波:他の微生物発電研究では微生物を増やす、つまり培養をしなければならないため、電気を使いたいと思ったときにすぐ起動できないという課題があります。安定して発電できるまでに一定の時間を要するということですね。一方、私たちの研究では「光濃縮」によって数万個の細胞を数十秒から数分で集められるため、ごく短時間での発電が可能です。この即時性が大きな強みだと考えています。

― 実際にどの程度の発電ができるのですか?
床波:現在は3つのセルを直列で接続することでLEDの点灯に成功しています。これを大規模化していくことで、実用レベルの発電量を確保していく計画です。

北垣:ラボレベルでは、10cm四方のセルにサイズアップできている状況です。また一つのセルで運転していたものを、積層化することでさら大きな電力を生むことにも成功しています。

ただ一方で、安定性の課題も見えてきました。次のステップとして、最適化することで電力としても排水処理としても安定させていく。それと同時にさらなるサイズアップをめざしている段階にあります。

北垣 剛氏

小さな生物が生み出す大きな循環
——下水処理場が発電所へと変わる未来

万博で登壇された際も「下水処理場が発電所になる」と話されていましたが、三者が描いている未来を教えてください
床波:2025年の夏は記録的な高温が続き、気候変動をより身近に感じました。未来を考えたときに、“次の世代、さらにその先の世代にとって、地球が持続可能な環境であり続けるのか”と考えると、強い危機感を抱きます。そうした課題意識のもと、微生物発電は持続可能なエネルギー技術の一つとして重要な役割を担えると考えています。

今、下水処理場では、莫大なエネルギーを使いながら水を処理していますが、微生物発電が実用化されれば、処理過程そのものからエネルギーを回収できるようになります。下水処理場を「電力の消費施設」から「発電施設」へ、その転換が可能になるということです。私たちはこの仕組みを「環境浄化型微生物発電」と位置づけています。

北垣:微生物発電が実用化されれば、下水処理場と発電所を同じ場所に集約することが可能になります。さらに、システム規模を用途や特性に応じて柔軟に設計できる点も大きな利点です。大規模な集中型施設だけでなく、中小規模の自立分散型システムとしても構築できるため、大都市への一極集中や地方の過疎化といった、日本が抱える社会的課題の解決に貢献できる技術だと考えています。

石川:熱やCO₂を外に放出することなく、排水から「浄化された“水”や“酸素”」「電力」という三つの価値を同時に得ることができます。水も綺麗にするし、空気も綺麗にする。そういった、これまでにない特性を持つ発電システムだと考えています。

汚水が微生物燃料電池による電気で浄化処理され、処理水となることを表した模型のイラスト

「環境浄化型微生物発電」のイメージ

DNP ・居内:今、DNPとしても、エネルギーという新しい領域での価値創造に挑戦しているのですが、「身近な生活シーンの中でエネルギーを生み出す」という構想の中で、微生物発電は最も先行しているプロジェクトです。2025年の大阪・関西万博でも、共創ゾーン「フューチャーライフヴィレッジ」内のフューチャーライフエクスペリエンス(FLE)で本プロジェクトを紹介して、多くの来場者の方に興味を持っていただけました。

飯田:この記事を読んで、「面白そうだ」「参画したい」という新たな企業やパートナーも出てくるのではないかと期待しています。この環境浄化型微生物発電が日本全国、そして世界に普及し、地域全体の環境を改善しながら持続可能なエネルギーによって社会全体の基盤が支えられる――。そういった未来が開けるといいなと思います。

居内 俊祐

― 今後の目標について教えてください
床波:SDGsの目標達成年である2030年をまずは一つのマイルストーンと位置づけています。微生物発電の実用化への具体的な道筋を示し、カーボンニュートラルへ貢献する技術として確立させたいと考えています。

北垣:現時点では、身近なところで環境浄化のような貢献をしながら電力を賄うことが、2030年時点での一つの到達点になると考えています。例えば家庭用の浄化槽と同程度のサイズの排水処理装置を実用化し、お風呂やトイレなどの生活排水を活用して浄化と発電を行うというイメージです。電気の出力としては、装置の動力を自らの発電で賄いながら、携帯電話などに充電できる程度を想定しています。

床波:その先には、より大規模な排水処理装置も視野に入れています。大阪湾をはじめ、全国の湾岸部に微生物発電システムを展開できれば、理論上は、数百万世帯から数千万世帯規模の電力供給にまで拡張できる可能性があります。

石川:技術としての魅力に惹かれてこのプロジェクトに参画しましたが、それを実際に社会で役立つ形にしなければ、企業としての価値は生まれません。社会実装という最終的なゴールを見据えて、着実に取り組んでいきます。

DNPがめざす“自産自消型エネルギー社会”構想

DNPは「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントのもと、2025年の大阪・関西万博の未来社会のショーケース事業フューチャーライフエクスペリエンス(FLE)にて、エネルギー領域での新しい挑戦について展示・発表しました。「P&I」(印刷と情報)を軸とした独自の技術に、社外の多様な技術や知見を掛け合わせることで、これまでにない価値を創出していきます。その一つが「DNP自産自消型エネルギー社会」の構想です。

この構想でめざすのは、限られた場所で大量に供給するのではなく、身近な場所で生み出し、必要に応じて活用する仕組みとして、エネルギーを暮らしの中に組み込んだ社会です。電力変換や蓄電、制御といった技術を活用することで、環境への負荷を抑えながら、エネルギーを循環させる仕組みの実装をめざしています。

その具体像としてDNPは、「生物からエネルギーを生み出す」「光からエネルギーを生み出す」「周囲環境からエネルギーを生み出す」、そして「生み出したエネルギーを効率的に活用する」という4つのアプローチを軸としました。エネルギーを生み出すところから活用までを一つの流れとして設計し、暮らしや社会の中で自然に機能するエネルギーのあり方を描いています。

本記事で紹介した微生物発電プロジェクトは、その中でも特に実証が先行している取組みの一つです。DNPは万博での展示を一つの契機と捉え、この取組みを構想段階にとどめることなく、実社会で機能する技術として検証を進めていきます。

今後もDNPは、多様な分野で多様な強みを持つパートナーとともに「自産自消型エネルギー社会」の実現に向けた取組みを推進していきます。この構想に関心を持ち、ともに実証や社会実装を検討・推進していきたい企業や研究機関、パートナーとの新たな連携を積極的に模索しています。

DNPが描く、自産自消型自然エネルギー社会という未来予想図(模式図)。本文記載の通り、DNPが「生物から」や「光から」や「周囲環境から」からエネルギーを生み出す、そして「生み出したエネルギーを効率的に活用する」という4つのアプローチを軸とした構成を示している。

2050年までに実現したい未来予想図

  • お問合わせ先:大日本印刷株式会社 居内 俊祐または、山本 学
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