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メセナ日記−6
アーティスト・イン・レジデンス−2
――アメリカ・ケンタッキー篇
熊倉純子

1998年1月×日 NYでアメリカ室内楽協会へ〜僻地レジデンシープログラム

昨年の日本の過疎地レジデンス・プログラム訪問後、一路アメリカへ。まず アメリカ室内楽協会(Chamber Music America )のNY本部をたずねる。
「僻地レジデンシープログラムを見に行きたい? 現在12カ所で実施してるけど、どれも1日がかりで何度も飛行機を乗換えて空港からは車で4〜5時間。泊まるところもせいぜいモーテルってなとこばかりよ。おっと、ちょうど西ケンタッキー大学がホスト・コミュニティになってる例があるわ。ナッシュビルの空港からたった80マイル、きれいなホテルもある。あなたホントにラッキーね」。
 僻地レジデンシー・プログラムは室内楽協会が連邦政府のNEA(全米芸術基金)と共同で開発したプログラム。学校を出たての若い室内楽アンサンブルを、僻地の町がホスト・コミュニティとして1年〜5年受け入れる。
 若い音楽家たちは基本的な生活保証を得て、自分たちで活動の場を開拓する。僻地だから文化施設なんてない。クラシック音楽だって聞いたことない人たちばかり。学校や病院、刑務所や公園など、ディープなアメリカで現実の荒波にもまれつつ、室内楽を聞いてもらうべく奮闘するというわけだ。




キャンパス
西ケンタッキー大学
1月○日 いよいよケンタッキーへ

NYからテネシー州ナッシュビルへ。車で1時間半ほどでケンタッキー州立西ケンタッキー大学があるボ−リンググリーンに。人口4万8000人。「ブルーグラスの本場」とあるが、あのカントリー&ウェスタン系民謡のブルーグラス? いや少なくともブルーグラス・チキンは名物のようだ。どうりでKFCも2軒? レストランで「名物ブルーグラス・チキンステーキ、ボーリンググリーン風」を注文し、えらい期待したがチキンバーガーだった。とにかく田舎だ……そんなことより大学の芸術学部音楽科に行かねば。「ウチの大学はスポーツが強いので、応援のマーチングバンドにも力を入れている。だからブラス系は充実して るが、弦が弱い。地元の市立オケもナッシュビルのオケに弦の応援を頼んでいる状態だ。そこで室内楽協会に頼んでストリング・カルテットに来てもらったんだ」とダフ学部長。彼はNYの本部に行って希望を伝え「お見合い」を要請。テープを聞いていくつかの弦楽アンサンブルのなかからリンゼイ・クワルテットを選んだ。



キャンパス
西ケンタッキー大学キャンパス
1月△日 西ケンタッキー大学に滞在するリンゼイ・クワルテット

リンゼイ・クワルテットのリーダーでヴィオラ奏者のウィリアムは27歳。「大学がホストだからスタジオも使えるし、恵まれた条件です。義務は毎月大学で開かれるコンサートに参加すること。春秋2回は僕らのリサイタルです。ピアノなど他の楽器とのコラボレーションにもトライしてます。あと、地元オケで弦のパートの第一奏者を務めることも契約の一部です」。生活が保証されている分、ゆとりをもって音楽に従事できるようだ。
 が、支給される生活費は潤沢ではない。メンバーはバイオリンやチェロの個人教授で稼ぐ。 「初年度は15人だった生徒が3年目の今は50人よ」と第一バイオリンの女性。そのほかクワルテットは結婚式やレセプション、教会などへも出張サービス。若いアンサンブルがマジメントの実地訓練をすることがこのレジデンシープログラムの最大の狙いだ。「音楽学校では生き残り方は教えてくれないからね。」来年は地元の病院や企業、銀行などでも演奏できるよう「販路拡大」を目指すという。
 人口の少ない東部ケンタッキーの学校へも行く。音楽=カントリー&ウェスタンという土地柄で、クラシックには馴染みがない典型的なアメリカの田舎だ。「子供たちは、楽器を見るのも音楽家と話をするのも初めて。みんなすごくエキサイトしてくれます」。




リンゼイ・クワルテット
リンゼイ・クワルテット
ダフ教授(右端)
1月□日 ケンタッキーを後に飛行機の中で考えた

どこの国でも実演芸術家は大都市に暮らすことを強いられ、ますます市場の都市集中を招いている。NEAはこの「若手室内楽アンサンブル僻地滞在プログラム」を通じて、 1. 文化施設のない僻地でも人々のクラシック音楽へのアクセスを保証し、 2.卒業したての若い音楽家たちに研究を続けつつ社会勉強をする機会を与えている。
 室内楽協会のコーディネートも実に細やかだ。初年度はホスト・コミュニティにアートコンサルタントを送り、地元での活動基盤を準備させる。アンサンブルがやってくるのは2年目からだ。住居はコミュニティが用意、1人月額1250ドルの生活費はコミュニティとプログラムが折半する。プログラムからは4500ドルの活動費も支給される。さらにアンサンブルが他の音楽家との共演を望んだ場合の「コラボレーション費」も出る。
 97年度は全米12か所で実施され、総経費は72万ドル。半分は各コミュニティが負担するので、政府の負担は約4千万円。
 1プログラムの3年間の総計費は約50万ドル。地元に若いプロの音楽家たちが数年間腰を据えてくれ、またそこから将来有望なアンサンブルが育つなら全然高くはない。少なくともコンサートホールを建てるよりずっと安上がりだ。もしかしたら、20年後にはいくつかのアンサンブルを受け入れた町にクラシック好きが増え、ホール建設の気運が盛り上がるのかもしれない。なんの準備も必然性もなしに過疎地のホール建設が目立つ日本──日本人はアメリカ人と違って、生まれながらにクラシック好きな血が流れているとでもいうのだろうか。

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