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データにみるアート−1
590億円−鑑賞料金と参加者数
太下義之

今号からの連載開始となるこの小文は、アートに関する統計・資料をひもとき、例えば「鑑賞料金」「参加者数」等の具体的なデータを取り上げて、それを話のマクラに芸術文化振興政策やアートマネジメント等についてコメントしていこうというものである。
というわけで第1回目は、表題にある「590億円」という数値から話を始めたいと思う。これは、(財)余暇開発センターによる「レジャー白書'97」から拾ったデータで、平成8年1年間のわが国の「美術鑑賞」の市場規模の推計値である。
 ちなみに他の芸術分野の市場規模をみると、音楽会(1,930億円)、演劇(1,200億円)、映画(1,490億円)となっており、美術鑑賞の市場規模は他の芸術分野と比較して小さいことがわかる。これは展覧会の料金がおおむね1,000円前後と、他分野より安価な料金設定であることが、その主な理由であると推測される。
 この市場の大きさを感覚的に理解するため、同白書に記載されている余暇市場全体の中から規模的に近いものを抽出してみると、「テニスクラブ、スクール」の市場(約540億円)が最も近い規模のものとしてあげられる。
 「美術鑑賞」は文化系、もう一方の「テニスクラブ、スクール」はどちらかと言えば体育会系と対照的に思える両分野であるが、その市場規模の推移を比較してみると、昭和60年においては「テニスクラブ、スクール」の市場規模は現在とほぼ同程度の約530億円であるのに対して、「美術鑑賞」の方は約430億円と現在より約100億円も少ない規模であった。
 その後、「テニスクラブ、スクール」の方は多少の増減はあったものの、結果として市場規模はほとんど拡大しなかったのに対して、「美術鑑賞」の方は概ね増加基調にあり、その結果、両者の市場規模は平成6年に逆転している。
 「美術鑑賞」が「テニスクラブ、スクール」よりも大きな市場規模である、という事実は、かの名作少女漫画『エースをねらえ!』に象徴されるテニス全盛時代を知る世代(もちろん筆者もその一人)にとっては、とても意外なことに思われる。
 もしかしたら近い将来、「テニスクラブ、スクール」以上の規模の市場を背景として、美術館学芸員を目指すうら若き女性を主人公とするマンガ(※)がブレイクするのではないだろうか、などとあらぬ妄想も膨らんでしまう。
※少々おっちょこちょいな女性主人公(もちろん男性でも良い)が、館長の特訓(ここで「学芸員養成ギブス」も登場)や先輩学芸員のいじめ等に耐えながらも、国際舞台で通用する一流の学芸員に成長する、というお約束のストーリー。
ところで、この市場規模の推計値は、実は「1回あたりの消費金額」と「年間の延べ参加人口」等のデータをもとに、調査のバラツキを補正するための一定のデータ加工を行って算出されている。ただし、この「1回あたりの消費金額」については、展覧会の入場料が高騰すれば、それに伴い自然と「市場規模」は拡大することになる。しかし、当然のことながら展覧会の料金の高騰は、消費者(鑑賞者)にとって決して歓迎すべき事態ではない。
また、「年間の延べ参加人口」については、“美術館の設立ラッシュ”とでも呼べるような昨今の状況においては、施設そのそものが新たな需要を喚起することになるため、1館あたりの入館者数が伸びなくとも、日本全体としてみれば年々「市場規模」は拡大していくことになる。
このように考えてくると、上述した美術鑑賞の「市場規模」とは、必ずしも美術鑑賞への参加者のすそ野の広がりを意味しているわけではない、という単純な事実に行き当たる。
 アート(美術鑑賞)がテニス並のポピュラリティを獲得し、「学芸員」という職業が社会から本当に必要とされる存在となるためには、まだまだ地道なアウトリーチ活動を通じ、美術鑑賞に関心を持つ層の拡大が必要だということかもしれない。
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