元ラグビー日本代表・廣瀬俊朗が訪れた「ある村」

デジタル技術を基盤に、地域DX(デジタルトランスフォーメーション)による社会課題解決に取り組んでいる大日本印刷(以下、DNP)。現在、三重県の5町 (多気町・大台町・明和町・度会町・紀北町)の連携による仮想自治体「美村(びそん)」で、「三重広域DXプラットフォーム」構築のパートナーとして支援している。これは、共通のデジタルシステムを活用し、住民に健康で便利な暮らしや、観光客にワクワクする体験を提供する仕組みだ。スポーツを通して地域創生の活動を展開する元ラグビー日本代表・廣瀬俊朗氏が美村を訪れ、キーパーソン2人に美村での取り組みについて話を聞いた。(制作協力:東洋経済ブランドスタジオ)

2023年10月公開

動画:デジタルとヒトでつながる美村(12分55秒)

DNPの地域創生の取り組みと「美村」の魅力を廣瀬俊朗氏が旅番組風に紹介しています。お気軽にご覧ください。

過疎と衰退をストップすべく地域DXを推進する「三重県・美村」

廣瀬俊朗氏(以下、廣瀬) 私たちは今、三重県・多気町にいますが、豊かな自然や食に出合い、美村が好きになりました。現在、その魅力をさらに高めるべくDNPが三重県5町(先述の5町)と一緒に取り組んでいると聞きました。

廣瀬俊朗氏(元ラグビー日本代表キャプテン/HiRAKU 代表取締役)
2007年〜日本代表選手に選出され、12〜13年の2年間はキャプテンを務めた。現役引退後、MBAを取得し、チーム・組織づくり・リーダーシップ論の発信や、スポーツの普及・教育・食・健康・地方創生など、多岐にわたる取り組みにより、全ての人に開けた学びや挑戦を支援する場づくりをめざしている。23年2月、神奈川県鎌倉市に自身初となるカフェ『CAFE STAND BLOSSOM ~KAMAKURA~』をオープン

美村は三重県の5町で成り立つ、仮想自治体

椎名隆之(DNPモビリティ事業部新事業開発部長・以下、椎名) 三重県5町のパートナー企業として経験豊富なスタッフを派遣しています。美村ならではの課題抽出やその解決に向き合うため、私自身も何度も美村に通い自治体のみなさんと腹を割って話し合ってきました。ちょうど、地域にデジタル技術を実装して「地域DX」により新たな産業の創出などの地域課題の解決に取り組んでいる最中なんです。これは、デジタルの力で、地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図るために政府が打ち出した、「デジタル田園都市国家構想」にもとづいています。

廣瀬 なるほど。美村5町の懐に入るところまで、足しげく通われたんですね。そもそも、なぜ地域DXが必要なのでしょうか。

椎名 今、地方の過疎化、衰退が進んでいます。地域経済を活性するためには、地域の自治体が連携して魅力あるまちづくりを行う必要があります。

椎名 隆之(DNPモビリティ事業部新事業開発部長)
1996年入社。食品パッケージの企画業務を担当した後、ペットボトル無菌充填システムのプロジェクトに参画。国内外20カ所以上の飲料工場への設備導入に携わる。その後、本社事業企画部門にて事業戦略策定やM&A業務に従事。2017年、モビリティ事業部の立ち上げとともに現職

廣瀬 地域DXは、それほどのポテンシャルを秘めているんですね。僕もスポーツを通じて地域課題の解決に取り組む中で、地方に足を運ぶ機会が多くあります。現地を訪れてみると、初めて気づく魅力がたくさんあるなと。ところが、その魅力がなかなか広まらないし、多くの人に届いていない気がしています。デジタル技術を活用した情報発信や生活基盤が整うことで多くの情報が行き届き、地域の魅力が多くの人に伝わるのではないでしょうか。

椎名 それこそまさにDNPが取り組んでいることです。例えば、共通地域ポータルサイト「美村」の構築の支援です。このサイトは、住民自らが、地域のイベントや子育て、地域の困りごと等の情報を発信するとともに、手助けしたい人とのマッチングも試み、共助活動の促進を図ります。地域事業者が発信するSNSのリアルタイム情報等をデジタル地図上に表示する機能もあります。また、地域経済活性化のためには、地域固有の決済手段を導入することが必要です。そこで、DNPは美村5町のうち多気町・大台町・明和町・度会町の4町に、QRコード決済が可能なデジタル通貨「美村PAY」を導入しました。

シンプルに活用できるQRコード決済が可能な「美村PAY」の詳細はこちら

大手ベンダーが提供する決済システムは便利な反面、手数料がかかります。それに対して、地域の金融機関が地域限定デジタル通貨を発行することで、手数料やポイントを地域内で循環でき、地域経済基盤を強くすることをめざしているんです。

「医療×あらゆるデータ」で新境地を開く

廣瀬 美村PAYを通じて、地域の経済基盤が強化されるんですね。一方で、地域での「暮らし」には医療が欠かせません。小川さんは医師であり、医療情報のプラットフォームを提供する企業を経営されています。三重県では、医療MaaS(※)の社会実装をめざす取り組みで、中心的な役割を担われたと伺いました。地方にはどのような医療課題があるのでしょうか。
※ 看護師などが、血圧計などの医療機器を搭載した車両で患者宅へ向かい、患者と病院にいる医師をテレビ会議システムでつなぎ、車内で遠隔診療を行うことで移動の課題を解決する方法

小川智也氏(MRT代表取締役社長・以下、小川) ひとつは、医療アクセスです。地方は医療機関と医師の数に限りがあるため、医療機関までの往復時間や待ち時間など、患者さんに負担がかかります。それを改善するためには、遠隔で診察や医療相談を受けられるオンライン診療の活用が有効です。もうひとつは、医療現場の支援に関する課題です。例えば、医療データの収集や解析、健康情報のモニタリングなどにより、地域の医療体制の強化や効率化に寄与できます。これらの取り組みは、地域DXの一環だと考えています。

小川智也氏(MRT代表取締役社長)
医師・英国国立ウェールズ大学院MBA ・救急科専門医・英国大規模災害対策MIMMS会員。高度救命救急センターの災害医療・救急医療に従事した後、2011年MRTの経営に参画。現在、同社の代表取締役社長。同社で、医療プラットフォーム事業を通じ、全国の医師9万名、看護師含む医療従事者29万名・大学医局300とのネットワークを構築

廣瀬 僕は選手時代にケガをしたとき、複数のドクターの意見を聞いていたのですが、病院ごとにレントゲンを撮らないといけないことが疑問でした。デジタル技術によって情報連携や医療アクセスの課題が解決され、患者さんと医療従事者、双方の負担を減らせるとなればすばらしいですね。

小川 その未来に向けて、私も尽力したいと思っています。三重広域DXプラットフォームでは、医療アクセスや医療の効率化に加えて、データ活用による予防医療の拡充も目標に掲げています。病院が少ない地域でも住民が健康を保てる仕組みを整えることができれば、地域の発展と生活の質向上を実現できます。例えば環境データと疾病データの連携で、環境要因によって起こる疾病予防につながります。ぜんそく発作などは、天候の変化などでも誘発されてしまうことがあるのですが、気圧変化等を患者さんに事前プッシュ通知すれば、適切なタイミングで予防薬を使用してもらうことなどで発作予防にもつながります。電子カルテなどの医療情報に限らず、交通情報や決済情報などのデータも医療やヘルスケアに関連するため、プラットフォームにデータを一元的に集めたうえで横断的に活用したいと考えています。

廣瀬 僕もラグビー選手として体調管理に気を使ってきたので、データが医療やヘルスケアに恩恵をもたらすと体感しています。以前、ギリギリまで体を追い込むため、主観的疲労度を計測するサービスで、練習時の体重や水分量、位置データなどを分析することでコンディションを把握していました。

廣瀬俊朗氏が熱く語るシーン

昔は、コーチの経験則や主観で練習プログラムを組んだ結果、無理をしてしまってケガも起きやすかったと思います。スポーツ選手だけではなく、もっとデータにもとづく判断が普及すれば、合理的な健康管理を実現できそうです。

美村を「世界のトップ企業を輩出する土地」にしたい

廣瀬 お二人のお話から、地域DXが住民のウェルビーイング向上の一助になることを理解できました。最後に、美村の展望を教えてください。

椎名 私は、美村をシリコンバレーのようなデジタル技術の一大拠点にし、これをきっかけにさらに地方の魅力を向上し続けていけたらいいな、という思いで取り組んでいます。かつてはリゾート地として知られていた米国西海岸地域から数々のイノベーションが起き、新たなトップ企業が生まれました。ところが、日本経済は「失われた30年」と形容されるように、ながらく停滞しています。それは、首都圏一極集中の弊害ともいえるのではないでしょうか。
地方経済には大きな伸びしろがあり、デジタル技術は成長の起爆剤です。地方における課題に対してデジタル技術をベースとした解決策を講じることでイノベーションを起こし、ひいては産業の創出につなげたいと考えています。そうすれば住民が生まれ育った地域を離れることなく、産業の先端を担うこともできる。

小川 美村で堅苦しい印象を与えることなく、自然に生活に溶け込むようなヘルスケアを実現させたいです。例えば、個人の健康促進に生かせるデジタル技術の活用です。今やセンサーでバイタルサイン(呼吸、体温、血圧、脈拍)を測定するなど、健康情報を自動で可視化できるデジタル技術は数多く登場していますから。ほかにも潜在的な地域課題にアンテナを張りながら、住民のみなさんの意識を変えていくことにチャレンジしていきたいです。

廣瀬 地方が主体となる地域DXは、きっとこれまで守ってきた地域の価値観や、かなえたい世界観をくみ取りながら進めていく必要がありますよね。異なる価値観をすり合わせながらも、地域に受け入れられていることにすばらしさを感じました。とくにデジタル技術の浸透はハードルが高いはずですが、椎名さんが冒頭でお話しされた通り、地域に寄り添うだけでなく、仲間として当事者意識を持って伴走されたことがわかりました。

椎名 三重の自治体にはたくさんの対話の場や時間を設けていただき、ともにひとつの目標に向かって取り組むことができるようになりました。今後、小川さんの取り組みとも結び付いて、次世代の暮らしやすさに地域DXで貢献できると思うと私もワクワクします。

小川 次世代の地域の暮らしが全国に広がるよう、発信していくことも重要ですよね。スポーツの可能性はこうしたところにもあるんじゃないでしょうか。

廣瀬 おっしゃる通りです。地域社会のウェルビーイングの実現には次世代の経済基盤・医療基盤が重要ですが、最後は、地域を知ってもらうことや地域で生活する人とのコミュニケーションが重要です。スポーツはあらゆるものをその境界を超えてつなぐ力がありますから、僕も当事者意識を持って次世代の地域社会の活性化に貢献していきたいです。

MRT代表取締役社長小川氏、元ラグビー日本代表廣瀬俊朗氏、DNPモビリティ事業部椎名3名が和気あいあいと話している様子

なぜ、DNPが地域DXに取り組むのか? 

DNPは「印刷」から広がる事業を通して、全国のさまざまな企業・団体等と接点を持っている。
そのなかで、地域特有の社会課題の解決と、そこにしかない魅力の発信に、独自の「印刷と情報」の強みを活かしたいと考えた。各地域でパートナーとなる企業・団体等に伴走し、「地域DX」を推進することで、誰もがいきいきと自分らしく、多様な体験価値を実感しながら心豊かに暮らせる社会の実現に尽くしていく。

※本記事は2023年5月に取材した内容をもとに構成しています。記事内のデータは取材時のものです。

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