重版未定の絵本・児童書12タイトルを復刻
オンデマンド印刷(POD)で読者の「コアなニーズ」に応える

DNPでは「もう一度読みたい、あの絵本、あの児童書」をテーマに、入手困難となった絵本や児童書を復刻する企画『復刻書店いにしえ』を実施しました。出版社4社の協力のもと、全12タイトルをオンデマンド印刷(POD:Print On Demand)で製造。通販サイトや書店のほか、図書館向けにも販売しました。 今回は、DNPと出版社の理論社様、図書館支援を担う株式会社図書館流通センター(TRC)様の3社の担当者にインタビュー。『復刻書店いにしえ』に取り組んだ背景や得られた効果、PODで絵本・児童書を製造・販売する可能性について伺いました。
2023年1月公開

PODで入手困難な12の絵本・児童書を復刊した「復刻書店」の取り組み

——はじめに、『復刻書店いにしえ』の取り組みを実施した背景を教えてください。

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出版イノベーション事業部
BLMビジネスセンターBLM営業本部
新井千春

新井:この取り組みは、入手困難になった絵本や児童書をデジタルデータ化し、小部数から印刷できるオンデマンド印刷(POD:Print On Demand)で復刊させるプロジェクトです。絵本や児童書はロングセラーが非常に多く、市場に出回る本の約7割が既刊本といわれています。その中で良書であってもさまざまな事情から重版できず、読みたい本が手に入らないといった読者の声が、出版社様経由で入っていました。
そこでDNPでは「欲しい本を、欲しいときに、欲しい形で手に入れられる」ことをめざす“Book Lifecycle Management”(BLM)の考えのもと、4社の出版社様にご協力いただいて12作品をPODで復刻。2022年5月から9月までの期間限定で、ネット通販サイト「honto」やリアル書店の「外濠書店」、またTRC様経由で図書館向けにも販売する実証実験を2022年9月1日〜30日の期間行いました。
出版社様にはサンプル作りの段階からご協力をいただき、クオリティ面で厳しくチェックいただきました。実物を見ていただいたところ、編集者様からも「これなら大丈夫」と評価いただけたので安心しました。出版社様にも、PODに対する理解が進むきっかけになったと実感しました。

絶版になっている本はほとんどない!PODで叶える編集者の思い

——理論社の佐藤様に伺います。『復刻書店いにしえ』に参画するにあたって、どのような思いが背景にあったのでしょうか?

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株式会社理論社
営業局長
佐藤百子氏

佐藤氏:重版しなくなった本をよく「絶版」と表現しますが、当社には絶版の本はほぼありません。紙の値上がりや部数等の問題で重版できず、絶版のように見えているだけ。つまり、条件さえ整えば重版・再販できる状態なのです。編集者は、思い入れのある名作が市場に出せず、読者に届けられないことに大きなストレスを抱えていました。そのためPODによって重版未定の本を復刻したこの企画に対し、著者と同じくらい喜んでいたのは当社の編集者でした。

——『復刻書店いにしえ』の取り組みに対し、作品の著者からはどのような反応がありましたか。

佐藤氏:著者の中には、電子書籍などデータ化に対して消極的な方もいらっしゃるのですが、最近は著者の考え方も徐々に変化しているように感じます。きっかけのひとつは新型コロナウイルスの感染拡大です。コロナ禍で出版社の倒産や書店の閉店・休業が相次ぎ起こったことで、「いつか自分の本が出版できなくなるかもしれない」といった危機感を持った著者も多くいらっしゃったようです。いままで電子化に消極的だった方が、「まずは電子図書館から」と電子化に踏み出されるケースが増えてきました。著者にもPOD製造した実物を見ていただき、品質に太鼓判を押していただけたのも励みになりました。

図書館への販売で見えてきたPODの可能性

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株式会社図書館流通センター(TRC)
仕入部
主任 企画担当
松村幹彦氏

——続いて、株式会社図書館流通センター(TRC)の松村様にお伺いします。『復刻書店いにしえ』では、どのような点に注目されましたか?

松村氏:POD製造の児童書は装丁や印刷品質などは想像以上のクオリティでしたが、販売価格が懸念点でした。POD製造のハードカバーの価格は、一般的な本の3倍ほど。確かに図書館全体の数は増えてはいますが、予算自体は減少傾向にあります。そのため比較的高価なPOD製造の本に対し、図書館がどのような反応を示すのかが気になりました。
販売ラインナップとしては、各作品のハードカバーとソフトカバー両方を選べるようにしました。ハードカバーの価格がネックになる図書館もいるのではと予想し、耐久性は劣るもののより安価なソフトカバーもラインナップに加え、売れ行きの傾向を見たいと考えたのです。

——短い販売期間の中で、図書館の反応はいかがでしたか?

松村氏:告知期間が短かったにもかかわらず、図書館向けに販売実験を行っていた2022年9月1日〜30日の期間で合計125冊の受注がありました。図書館では新刊図書を優先して購入される傾向にあるので、これは“非常に大きな反響だった”という印象です。正直なところ、かなり驚きました。
また通常は販売開始後1〜2週間後に注文が増えることが多いのですが、今回は販売開始直後から多くの図書館に購入いただいたのも印象的でしたね。ある図書館からは「10月以降は購入できないのか」といったお問い合わせもいただいたので、それだけ図書館の需要にマッチした作品が揃っていたのだと思います。
さらに驚いたのは、高価なハードカバーの注文数の全体の60%を占めていたことです。中にはハードカバーを複数タイトル購入いただいた図書館もありました。おそらく長期間使うことを考慮し、耐久性に優れたハードカバーを選んでいただけたのだと思います。そのためPOD製造した本を図書館に置くことで、本の寿命をさらに長くできるのではと感じました。

佐藤氏: 一般向けに通販サイト「honto」や「外濠書店」で販売した際はソフトカバーの方が多く売れたので、TRC様での販売結果は出版社としても予想外でしたし、とてもポジティブにとらえています。同時に、今後さらにPOD製造の本を広げるヒントになると感じました。図書館づくりを総合的に支援されているTRC様であれば、書店や通販サイト以上に積極的に販売いただけて、全国の図書館を通じて多くの読者に読んでいただけるようになると思います。

「コアなニーズ」に応えるPODで、絵本・児童書の未来を支える

——最後に、今後PODを活用して取り組みたいことや展望があれば教えてください。

松村氏:この企画はぜひ継続いただき、全国の図書館にPODの本の良さを知っていただきたいと思っています。例えば、新しい図書館が開館する際には、PODの本も一緒にご案内できればうれしいですね。また出版社様から重版未定の作品をいくつかピックアップいただいた上で、図書館に「この中で復刻するとしたらどの本を購入したいか」といったアンケートを実施することで、販売戦略に役立てたいと考えています。当社と出版社様、DNPと連携をとり、PODの本を広げる取り組みを続けていけることに期待しています。

新井:重版未定であっても貴重な財産である既刊コンテンツをデータ化しPOD製造することは、デジタルアーカイブとして次世代に残す役割も担えると考えています。通常の重版では、大部数の販売先が見込める「大きなニーズ」にしか応えられませんでしたが、PODであれば読者一人ひとりの「コアなニーズ」にも細かく対応できるようになります。今後も理論社様のような出版社様や、TRC様のような販売企業とタッグを組みながら、『復刻書店いにしえ』の取り組みを定例化したいと考えています。

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