
“破れるプラスチック”で常識を破る。おくすりシートのアップデートに挑む、DNPの静かな革命
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体調を崩したとき、あるいは毎日の健康管理のために、私たちが“あたりまえ”のように手にする「おくすりシート」。透明なプラスチックと銀色のアルミ箔でできたこのシートの「ゴミになりがち(分別しづらい)」というイメージを今、塗り替えようと奮闘する開発者たちがいます。素材の専門家でサイエンスライターの佐藤健太郎さんを迎え、パッケージのプロであるDNPの開発者が、新「おくすりシート」開発の裏側の苦労と未来像を語り合いました。
目次
- 「プラスチックとは思えない感触で破れる」フィルム
- 水戸黄門の印籠からおくすりシートへ、薬の包装史
- 分別しにくく、分離しにくい……従来の「おくすりシート」の課題
- 「あちらを立てればこちらが立たず」の開発秘話
- プラスチックの課題に向き合うソリューション
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佐藤 健太郎さん
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「プラスチックとは思えない感触で破れる」フィルム
——DNPは2025年に、全体をプラスチックのポリプロピレン(PP)にした「PTP*1用PPフィルム」を開発しました*2。従来の「おくすりシート」がアルミ箔を使っていたのに対し、この製品は単一素材(モノマテリアル)で作っています。佐藤さん、このサンプルを実際に触ってみて、いかがですか?
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現行のアルミ箔を「PTP用PPフィルム」に変更 |
佐藤:おぉ、こういう感じなんですね。プラスチックとは思えない感触で破れて、かといって簡単には破れにくそうな、絶妙な強度だと思います。
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何より素晴らしいのは、見た目や使い勝手に違和感がない点です。薬はさまざまな方が日常的に使うものですから、「ちょっと硬くて使いにくいな」という引っ掛かりを感じさせないことは非常に重要です。製品化の前の段階でこのレベルにまで仕上がっていることに感心しました。
高橋:ありがとうございます。私たちも開発の過程で、あらゆる方々が違和感なく使えることにこだわりました。人間はこれまでの経験から「これくらいの力で破れるはずだ」と無意識に力を加減して包装を開けようとします。そのため、従来よりも強く押し込む力が必要なパッケージだとなかなか受け入れられないだろうと。実際は、従来のアルミ箔と比べて、プラス0.2倍ほど、ほんの少し強い力が必要なのですが、官能評価(人間の感覚による評価)では「アルミ箔と遜色なく、違和感なく開けられる」という声もいただいています。
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高橋 麻貴子(まきこ)
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山本:後ほど詳しくお話ししますが、「押し破り性」という性質をプラスチックに付与することで、こうした使用感が実現できました。
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山本 久貴(ひさき)
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- *1 PTP(Press Through Package):薬の包装形態の一つ。錠剤・カプセルをプラスチックとアルミ箔(従来品)で挟んだシート状のもの。プラスチック部分を強く押すとアルミ箔(従来品)が破け、中の薬を1錠ずつ取り出せる。
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*2 2025年7月7日ニュースリリース:脱アルミを可能にするPTP用のプラスチックフィルムを開発。
https://www.dnp.co.jp/news/detail/20176966_1587.html
——いつもの「おくすりシート」と変わらないように見えますね。なぜあえて「形を変えずに素材を変える」と判断したのか。まずは薬のパッケージの歴史を掘り下げたいと思います。
水戸黄門の印籠からおくすりシートへ、薬の包装史
——佐藤さん、そもそも薬のパッケージは、どのような背景で進化してきたのでしょうか?
佐藤:昔の人にとって薬は何よりも貴重なものであり、持ち主の近くで大切に保管されてきました。だからこそ概して、その時代で新しい材料が容器に採用されています。例えば、正倉院にある漆塗りの箱や、江戸時代の水戸黄門の印籠。これらは薬の保管にも使われていたと言われています。
現在薬のパッケージとして普及しているブリスター包装(成形した透明なプラスチックシートで製品を覆い、裏面に紙やアルミの台紙を貼り付けて圧着させる包装)の「おくすりシート」が日本に入ってきたのは1965年頃だと言われています。それ以来、約60年間、実はその姿はほとんど変わっていないのです。
——60年間、一つの製品のデザインが変わらないのは、珍しいことのように思えます。どのような背景があるのですか?
佐藤:医薬品は、基本的に体力を落としている患者さんの体内に入るものですから、製造にものすごく厳しい規制があります。「GMP(Good Manufacturing Practice、医薬品の製造管理及び品質管理の基準)」という厳格な規定があり、「この手順で、この機械を使って製造する」と一度登録したら、勝手に仕様を変えることはできません。パッケージも原則、それを守った上で製造しなければならないわけです。
高橋:仕様に加え、先ほども話した「使う際の違和感のなさ」も大きな理由かと思います。過去に別の形状のパッケージを模索したメーカーもあったようですが、なかなか普及しなかったようです。
佐藤:つまり、使いやすさと安全性を極めて高いレベルでバランスさせなければならないのです。
一般的に、薬のパッケージには以下のような条件が求められます。
・視認性:外からどんな薬かよく見えること。
・開けやすさ:どんな状態の患者さんでも簡単に開けられること。
・誤飲防止:子どもなどが簡単に開けられないこと。
・品質担保:無菌状態をつくり、品質を保持すること。
・改ざん・偽造の防止:一度開けたらすぐに分かり、元に戻せないこと。
「改ざん・偽造の防止」については、過去に、非常に高価な医薬品の流通過程でボトルが開封され、中身がビタミン剤にすり替えられる事件が起きました。それ以来、製薬業界全体として、「一度開けたら元に戻せない」という要素の大事さが、より強く認識されるようになった印象です。
——シンプルに見えて、実は命に関わるものすごく厳しい条件を満たしているのですね。「おくすりシート」は一般的に、プラスチックの底材とアルミ箔の蓋材を圧着させて作りますが、この2つの素材の組み合わせも、上記の条件を満たす上で重要なのでしょうか?
佐藤:そうですね。プラスチックは透明で視認性が高く、ペコペコとへこむため落下や振動の衝撃から薬を保護してくれます。一方のアルミ箔は、光や水蒸気を通しにくいバリア性を持ち、かつ押し破りやすい。互いの素材の利点が見事に噛み合っているわけです。
分別しにくく、分離しにくい……従来の「おくすりシート」の課題
——それほどまでに完成されたパッケージを、なぜ今、複合素材から単一素材に変える必要があるのでしょうか?
高橋:背景には、世界的に加速しているサーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行があります。とりわけ、EUで2025年に発効された「PPWR(欧州の包装・包装廃棄物規則)」の影響が大きいですね。この規則により、2030年以降、リサイクル性に配慮して設計されていないパッケージや、再生材を使わないパッケージはEU圏内で販売できなくなります。これらの要件は現在、医薬品の包装に関しては適用外となっているものの、いつ適用されるか分からないため、製薬メーカーの方々も将来を見据えて動き始めています。
日本でも、事業者や自治体に3R(リデュース、リユース、リサイクル)の取り組みを求める「資源有効利用促進法」の中で、一部の製品について再生材を使用する計画の提出・報告が義務化されます(2026年4月施行)。そのため、EUでの流れはいずれ日本にも波及するだろうと考えています。
——アルミとプラスチックの複合素材だと、リサイクルの面で課題が多いのですか?
山本:そうですね。蓋材のアルミ箔と底材のプラスチックフィルムがしっかり接着されているため、生活者としても素材の分別が物理的に難しいのです。各自治体のゴミ出しマニュアルでも「(おくすりシートは)燃えるゴミ、もしくは資源ゴミに入れてください」と指定されていることが多いと思います。
佐藤:ゴミとして焼却炉で燃やした場合も厄介です。アルミは燃え尽きないため、焼却炉の底にカスとして溜まってしまい、その除去作業が非常に大変だと聞いたことがあります。そもそもアルミは精錬する際に大量の電気を使うため「電気の缶詰」とも呼ばれており、そのまま燃やして捨てるのは、省エネの観点からももったいないと言えます。
高橋:実は以前、社内の検証用に、回収した「おくすりシート」を専用の機械でアルミとプラスチックに分離し、プラスチックをリサイクルさせたことがあるんです。
このリサイクルプラスチックにはキラキラして見える部分があり、分離しきれなかったアルミの残渣(ざんさ:残りカス)がありました。このように異物が混じると、再生材として次の製品に使うのは難しいのです。その点では、今回DNPが開発した「おくすりシート」は、よりリサイクルしやすくなっています。
佐藤:今の話を聞いて、有機合成の実験を思い出しました。化学の世界では、新しい物質を作る合成実験自体はそこまで難しくありません。
一番難しく、コストとエネルギーを要するのは、混ざったものを分離して「純粋にしていく」工程です。分離の技術の開発でノーベル賞を獲得した研究者がたくさんいるほどなんですよ。今回の単一素材の「おくすりシート」を作るのは、技術的にも非常に難しかったのではないかと思います。
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「あちらを立てればこちらが立たず」の開発秘話
——単一素材であればリサイクルしやすいことは理解できます。ただ、プラスチック自体が環境に与える影響を気にする人も多いのではないでしょうか。
佐藤:確かに、マイクロプラスチック(プラスチックの細かな破片で、海洋汚染等の一因とされる)などの課題もありますが、見方を変えるとプラスチックは「一番エコな素材」とも言えます。例えば、プラスチックボトルを全部ガラスに置き換えたら、重いガラスを運ぶだけで燃料費がかさみますし、運ぶ途中に割れて歩留りが悪くなるかもしれません。軽くて壊れにくい、という利点があるからこそ、世界中の多様な製品に使われているわけです。そのメリットや必然性を踏まえ、リサイクルの仕組みをさらに整えれば、再生材としてのポテンシャルを遺憾なく発揮できるのではないでしょうか。
——今回の「PTP用PPフィルム」の開発が、そのきっかけとなれば良いですね。とはいえ、佐藤さんもご指摘の通り、「おくすりシート」の全てをプラスチックで作るのは技術的に難しいのでは?
山本:そうですね。世の中に普及しているパッケージの多くは基本的に、個々の機能を持った複数のフィルムを貼り合わせて構成されています。例えばポテトチップスの袋は、印刷用の基材フィルムに加え、酸素や水蒸気をバリアするアルミ蒸着フィルムや、密封するためのシーラント(シール性のある)フィルムなど、異なる樹脂フィルムを積層することで成立しています。それぞれの素材の特性を考慮しながら複数のフィルムを組み合わせ、製品のパッケージとして求められる条件をクリアしているのです。
つまり、単一素材にするということは、その素材が本来持っていない機能を付与し、全ての機能を一つの素材に担わせるということ。ここが製品開発の一番のハードルでした。
従来のアルミ箔であれば、手で押せば破ることができますが、プラスチックフィルムは本来「人の力では押し破りにくい」ため、「押し破り性」を持たせるための材料設計上の工夫が必要でした。
また、蓋材(従来製品のアルミ箔部分)と底材を熱で圧着する充填シール工程では、アルミ箔は加熱しても伸びたり溶けたりしにくい一方、プラスチックフィルムは溶融してしまいます。その結果、シール時に蓋材が歪んでしまい、外観不良が発生する課題がありました。かといって低温でシールすると、今度は密封性が十分に確保できません。加工時に加熱しても物性を維持できるような材料設計が求められたため、耐熱性を有したコーティング剤の採用や印刷方式の工夫など、製造方法について細かいチューニングを重ねています。
高橋:蓋材には一般的に薬の名前やバーコードを印刷するので、底材と圧着した際にインキが剥がれたり、文字が歪んでバーコードが読み取れなくなったりすることは避けなければなりません。
山本:さらに、先ほどの薬のパッケージの条件として「品質担保」という点もあります。お薬は一般的に「未開封で3年」という使用期限があり、その期間、品質を保持し続ける必要があります。プラスチックには「水蒸気や光を通しやすいもの」もあり、お薬に使う場合はデメリットとなるため、この点を克服することも大きな課題でした。
そこで、単一素材という枠組みを崩さない範囲で、極めて薄い膜を形成することによってバリア性を担保するアプローチをとりました。この加工にあたっては、さまざまな企業や業界団体が加盟するコンソーシアムで採択された「メカニカルリサイクルに影響を与えない成分の含有基準」に準拠しています。
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——リサイクル性を求めれば利便性が悪くなったり、印刷のしやすさと耐熱性が相反したり……。本当に「あちらが立てばこちらが立たない」という葛藤の連続ですね。
佐藤:話をうかがうと、私がかつて行っていた「新薬開発」の構図とも似ていると感じました。新薬の開発も、常に矛盾との戦いです。例えば、薬の成分が細胞の中に入り込むためには油の膜(細胞膜)を通りやすい「脂溶性」が必要ですが、同時に血液に乗って運ばれるための水に溶けやすい「水溶性」も必要です。相反する条件を両立させる“奇跡の一点”を探さなければならない。この辺りの悩みは、パッケージ開発の現場でも共通しているのだなと胸が熱くなりましたね。
プラスチックの課題に向き合うソリューション
——多様な利便性を備えながら、環境にも配慮した製品開発が欠かせない。パッケージメーカーに求められる役割も、今後大きく変わっていくと感じられる話でした。
高橋:そうですね。一昔前は、使う材料を減らして「薄く・軽く」すればCO2の排出量も減り、環境に良いとされていました。しかし今は「資源循環」を真剣に考えなければならない時代です。私たちメーカー側は、ただ新しくて便利なものを作るだけでなく、「捨てられた後にどうなるか」まで理解した上で、モノづくりをしなければなりません。
日本が世界に発信している“リサイクルの優等生”といえばPETボトルが思い浮かびますが、フィルムを使用したこの「おくすりシート」も、それに次ぐ“リサイクルの優等生”として世界へ発信できる存在に育てていきたいです。
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山本:先ほど佐藤さんが「リサイクルの仕組み」と話されていましたが、私たちも製品開発と並行してそうした仕組みづくりに貢献すべきだと考えています。すでに取り組まれている業界・団体もありますが、例えば、コンビニでPETボトルを回収しているように、調剤薬局や病院をフィルム回収のハブとして位置付けるなど、そうした仕組みも整えてはじめて、この製品が皆さんにとって「あたりまえ」の存在になるのではないかと思います。
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——製品のビジョンも伝わる熱い決意表明ですね。佐藤さんから見て、この製品は、将来どのように普及していくと思いますか?
佐藤:単一素材に変えることで、新しい機能が付与される可能性もありますよね。例えば今世界的に、見た目だけ本物にそっくりな「偽造薬」が数百億円規模で流通して大きな問題になっています。プラスチックの加工技術や特殊な印刷技術が世界的に普及すれば、偽造のコストも上がり、偽造を防ぐことにつながるかもしれません。
そもそもプラスチックほど世の中を変えてしまった素材はありません。しかし、あまりにも大量に使われるようになった結果、環境への悪影響が指摘されるようにもなった。
今回開発されたPTP用PPフィルムは、プラスチックが抱えてきた課題の解決に“設計の力”で向き合った発明だと思います。
「新しい素材が現れるということは、文明が一段階進むことである」と私は考えていて。その意味でこの製品も一見地味かもしれませんが、着実に社会を前に進めていく、そんな静かな革命だと感じました。
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