キャッシュレス社会における小売・流通企業の次の一手

2019年頃から急速に社会に普及したキャッシュレス決済。対応に追われた小売・流通企業は今後どのように対応していくべきでしょうか。現況を振り返りながら、今後のキャッシュレス決済との向き合い方について解説します。

(2022年11月11日 公開)

1. 直近の小売・流通におけるキャッシュレス決済の動向

スーパーマーケットのイメージ

2019年10月の消費者還元事業や2020年3月の改正割賦販売法といった国策への対応に続き、コロナ禍で現金授受の発生しない非接触決済が推奨されたことを追い風に2019年頃から急速にキャッシュレス決済化が進みました。
それまでの小売・流通企業における「キャッシュレス決済」に対する認識は、顧客の利便性に寄与はしても自社の売り上げへの影響は軽微で、自社商品やサービスの開発・拡充が優先順位としては高く、支払い手段の多様化はその後という認識でした。
ところが、国策やコロナ禍という背景をもとに否応なく対応を進めなければならない状況が突然訪れ、急激な変化に翻弄されながらも、2022年現在はひとまず最低限のキャッシュレス決済の導入を済ませたという状況ではないでしょうか。

そうして、キャッシュレス決済導入の流れが一度落ち着いてきたことで次のような課題が見えるようになってきました。

手数料コストが経営を圧迫

・営業利益率が2%前後と低めの小売・流通業界において、キャッシュレス決済比率が50%を超えると自社の営業利益に大きなダメージを負う。
・今後もキャッシュレス決済の増加が見込まれており、経営課題として真剣に検討する必要性がある。

オペレーションコスト

・キャッシュレス決済手段が増えたことで、オペレーションが煩雑化し、業務負荷とコストが増大した。
・多くのお客様を少数の現場従業員で対応しなければならない小売・流通企業にとって、レジオペレーションにかける人件費の増加という経営(コスト)課題が顕在化するようになった。

上記の理由により「キャッシュレス決済の広がりはコスト高」というマイナスイメージが根付き始めている状況と思われます。

2. キャッシュレス決済にまつわるコストの考え方

NFC決済シーン

現金での決済と比較すると、明らかにキャッシュレス決済は初期費用の点、決済手数料の点、オペレーションコストの点からよりコストがかかります。
しかしながら、多くのキャッシュレス決済自体がポイントなどの販促機能を持っているため、その利用を促進することで集客の効果を得ることができます。現金での値引きやキャッシュバックは、オペレーションの観点や売上高の減少の観点から実施がとても難しいのですが、キャッシュレス決済とポイント販促を組み合わせることでこれが容易になります。
また、キャッシュレス決済は顧客のIDがデータとひもづいているため、こういった決済データの活用により利用者の動向、自店利用者の他店利用動向を把握することができるのもキャッシュレス決済ならではの特徴です。決済事業者のマーケティング機能を上手に使いながら、自社顧客の理解を進めるべきと考えます。

キャッシュレス決済=利便性向上ではなく、短期的「集客」と長期的「顧客理解」によって、自社事業を成長させるための道具としてとらえ、それにかかるコストは自社が顧客獲得を続けるための投資であるという認識に変える必要があるのです。

3. 顧客との関係性の構築

DXイメージ

昨今浸透しつつあるDXという観点から見ても、キャッシュレス決済の推進は不可欠です。「商品を選び、金銭を支払う」という従来の小売・流通企業における顧客体験を刷新し、新たな体験を提供しようとすると、決済がハードルになることがあります。しかし、キャッシュレス決済を活用することにより、新しい体験にまつわる方法論を多岐に提示できるようになります。
キャッシュレス決済を導入することで、従来の現金決済だけでは実現できなかった、アプリやWebサイトでの商品やサービスの売り買いが可能となります。

そうした新たな顧客との関係性を構築するにあたり、キャッシュレス決済を通じたコミュニケーションは、事業化を促進し、顧客との関係性をより強固にする手段と言えます。

4. キャッシュレス決済推進のポイント

決済手段イメージ 

キャッシュレス決済を推進するにあたり、いくつかのポイントがあります。
(1)複雑化する方法論への対応
(2)拡張性
(3)任せられることは任せる

(1)複雑化する方法論への対応

既に膨大な種類のキャッシュレス決済手段があり、なおかつ今後新しい方法論が生まれる可能性がある状況においては、現在の自社の顧客や地域性を鑑みた上で、方法論の絞り込みや取捨選択が重要になります。その際にフレキシブルな対応をそのときどきに応じて行う必要があります。そういった自由度を担保しながらキャッシュレス決済を推進することが重要です。

(2)拡張性

キャッシュレス決済の方法論自体も今後新しいものが生まれてくる可能性があります。そういった新規の方法論について一から自社で構築を行う手段もありますが、その場合コストが膨大になり、対応スピードが遅くなってしまいます。そのような場合は安価でスピーディーに導入できるプラットフォームサービスを活用し、コストを分散させてメリットを多く享受する方向性で考えるべきです。
また、ポイントサービスやマーケティング機能など、キャッシュレス決済機能に付加される新しい機能も拡張可能なサービスとして生まれる可能性が高く、そういったキャッシュレス決済の周辺機能を見据えた拡張性が大切です。

(3)任せられるところは任せる

キャッシュレス決済は今後も変革が続いていき、専門性も高まっていくと思われます。(1)と(2)に通ずるところもありますが、任せられるものは外部事業者に任せることが大切です。自社で一つ一つ構築し対応していくことも良いですが、それよりも外部事業者に任せることができない領域、つまり自社商品やサービスについて顧客を理解することでさらなる磨きをかけていくこと、また自社顧客との関係性の構築に多くのリソースを割くべきです。
DXは自社だけでは進みません。外部事業者との協業、協力しながら自社事業に磨きをかけていくことが肝要です。そのためにも自社事業を理解してくれるパートナー選定が重要です。

5. まとめ

この記事では、直近の小売・流通企業を取り巻くキャッシュレス決済の状況と課題、そしてキャッシュレス決済を推進する理由について解説してきました。今後もキャッシュレス決済市場は変化をしながら拡大していくことが予想されます。小売・流通企業においては、その流れに翻弄されることなく、自ら戦略的に方法論を選択していくことが求められています。自社がやること、外部事業者に任せることをきちんと整理し、キャッシュレス決済の目的を自社内で今一度見つめ直す時期に差し掛かっているのではないでしょうか。

■コラム監修:堀合 洋介(ほりあい ようすけ)氏 流通営業アドバイザー
元 株式会社いなげや 販売促進部長、情報システム部長 北海道出身
大学を卒業後、で首都圏食品スーパーマーケットに入社。
ネットスーパーやオンラインショップの立ち上げ、自社ポイントカードの立ち上げ、運営に従事。
同時にクレジットカードをはじめとした決済関連を主管とし、2019年改正割販法対応では社内プロジェクトマネージャーとしてシステムの選定および導入業務を行う。決済全般について、スキーム設計から実際の運用までの経験を持つ。
販売促進部長、情報システム部長を務めた後、2021年4月より独立し、現在は流通に関するDX全般についてアドバイスを行っている。



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