2019/8/23

赤堀侃司先生 特別寄稿「 新時代の学びに向けて」
〜「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」公表をうけて〜

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個に対応する時代

 教育が個々の子供に対応することは、言うまでもない。教室で、教師が子供の机に行って、ドリルの〇付けをしたり、子供の質問に答えたりする光景は、よく見られる。そして、私はその光景が好きである。それは、一斉授業で聞いている時よりも、子供の顔が輝いて見えるからである。個に対応するとは、子供に寄り添うことである。子供がどこにつまずいているのか、何を知りたいのか、何か言いたいことがあるのか、その子供の側に行って、まるで母親が自分の子と話をするような優しさが見られる。子供は、安心して質問をすることができる。大勢の子供たちの前では、少し緊張感が伴うが、先生がすぐ側にいると、何でも言えそうな気持になる。それは、個に対応している姿である。
 しかし、誰に対しても個に応じた指導は、言うは易いが実際はかなり難しい。教師には、先入観がある。4月当初は、教師は白紙で子供たちに望む。数か月間で、授業や掃除やクラブ活動やテストなどがあって、その間に、個々の子供の特徴を把握すると同時に、それが固定化されてしまうという研究がある。1年たっても、4月当初の白紙の気持ちは忘れて、子供にレッテルをつけ、それがその後もずっと続くのである。しかし、実際には子どもたちは、変容している。 変容とは、成長と同義語である。教師の子ども観は、頑固でなかなか変容しないと報告されており、数年経って子供に会って、あの子がこんなになったという変容に、初めて自分の子ども観に気が付くのである。その成長する個々の子供たちに対応するには、データを参照することである。

データを活用する時代

 AIは、データを活用している。しかも多量のビッグデータである。通信販売で検索して調べることが多いが、次に同じ用語で検索すると、お勧めしたい商品の一覧が順番に表示される。自分の好みに合った商品の場合もあるが、そうでない場合もある。私たちが、どの商品をクリックしたか、どの商品を検索したか、という行為はデータである。そのデータは、クラウドのデータセンターに送られ、AIによって分析して、この人の好みの商品はこれだと推測しているのである。つまり、検索やクリック回数によって、相手が何がほしいかを理解しようとしている。
 教師も同じである。先に、教師の固定化された子ども観を述べたが、その子ども観を変えるには、刻々変化するデータに向き合うことである。むしろこの点は、AIに見習って、個に対応するほうが良い。医者は、カルテを見て診断し処方箋を出す。その処方箋は、個々の患者によって異なることは言うまでもない。クロンバック※は、学習指導も同じだと言ったが、それが個に対応する指導の概念でもある。そのカルテが、子供1人1人の学習記録であり、学習履歴(スタディ・ログ)である。学習履歴(スタディ・ログ)を参照しながら、個に対応する時代になった。医師はカルテだけを見ているのではなく、聴診器を使い対話しながら処方を決めるように、教師は、データを見ながら、その子の日頃の活動や会話や友人関係などを観察して、総合的に指導するのである。しかし、教師は忙しい。学習履歴(スタディ・ ログ)が可視化されて一目でわかりやすく表示されることで、たやすく個に対応することができる。

  • Lee Joseph Cronback 米国の教育心理学者。1916~

テクノロジーを取り入れる時代

 デジタル教科書・教材が、学校に導入されるようになった。同時に、紙の良さも忘れてはならない。デジタルとは、すべての情報様式を統合的に扱う形式とも言える。写真も動画も音声も、もちろん文字もデジタルの世界では区別しなくてよいので、画面上で統合的に表示できる。この統合的とは、マルチチャンネルという意味で、音声も写真も文字も同時に脳に入ってくる。それは、文字だけ音声だけという1つのチャンネルよりも、理解しやすいことが実証されている。しかし学習には、さらに配慮が必要である。それは、知識の構造化である。脳になじみやすいデジタル情報は、確かに受け入れやすいが同時に消えやすい面も持っ ている。入ってきた情報を、紙に書く、文章化する、発表する、議論するなど受け入れるだけではなく、それらの情報を外化する必要がある。その外化によって、知識は脳の中で構造化される。構造化された知識はばらばらではないので、推論したり判断したり、つまり思考に役立つ知識になる。心臓、肝臓、尿道、血管などが相互につながって構造化されているから、人は生きていけることと同じで、構造化されていない知識は、生きた知識にならない。かくしてテクノロジーを取り入れるとは、紙とも併用しながら、学習に役立つような指導法が伴っていなければならない。
 最後に現場には優れた実践があり、その知見を活かすような新時代の学びを期待したい。

出典:文部科学省『「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」について』

東京工業大学名誉教授
赤堀 侃司氏

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