大日本印刷株式会社 倉重 牧夫

世界共通の“ルール”をつくり続けて——DNP社員が国際標準化活動で受賞

さまざまな端末が無線でつながる、海外で買った機器が日本でも使える、ディスプレイの性能をメーカーの垣根を越えて比較できる――。私たちが日ごろ“あたりまえ”に感じているこうした便利さは、世界共通の「規格」に支えられています。DNPの倉重牧夫は、その規格づくりを担う国際標準化活動に長年携わってきました。これまで電子ディスプレイやレーザー光の測定に関する複数の国際規格の制定を主導。その功績が評価され、2026年5月にIEC-APC議長賞※1を受賞しています。そもそも国際規格をつくるとはどのような仕事なのか、DNPの技術や知見を、世界のルールづくりにどう活かしているのか。受賞の背景とともに話を聞きました。

目次

  • 1 IEC-APC議長賞:電気・電子分野の国際標準化機関である国際電気標準会議(International Electrotechnical Commission, IEC)の標準化活動において、顕著な功績・貢献をした者にIEC活動推進会議(Activities Promotion Committee of Japan, APC)が授与する賞

【プロフィール】

大日本印刷株式会社 倉重 牧夫

大日本印刷株式会社 研究開発・事業化推進センター 事業開発本部 部長 主席研究員 倉重 牧夫(くらしげ まきお)
2005年DNP入社。セキュリティ用ホログラムの開発を経て、AR(Augmented Reality)グラスやヘッドアップディスプレイ向け光学デバイス、レーザープロジェクター用スクリーン、レーザー照明デバイスなどの研究開発に従事。IECでは、電子ディスプレイ分野を扱うIEC/TC 110の国際標準化活動に2012年から参加し、2024年から国際副幹事を務める。レーザー製品の安全を扱うIEC/TC 76にもエキスパートとして参加している。

国際規格は技術を支える共通の“ものさし”

Q. 「規格」や「標準化活動」とはどのようなものでしょうか?

倉重:国際規格とは、国や地域、メーカーを越えて共通に使えるルールが書かれた文書のことです。その対象は幅広く、たとえば次のように分けることができます。
・用語・記号・単位などを定める「基本規格」、
・試験や測定のやり方を定める「方法規格」、
・製品の形状・寸法・材質・安全性・相互接続性などを定める「製品規格/互換性規格」、
・ISO 9001のように組織の管理のあり方を定める「マネジメントシステム規格」。

身近なところでは、Wi-Fiのような通信方式も標準化の考え方に支えられています。異なる国や地域、メーカーの機器同士がつながり、世界中で同じように使えるのは、技術の仕様や評価の基準が共有され、かつ運用されているからです。国際規格は、製品や技術を安心して使い、適切に比べ、広く普及させるための、いわば世界共通の“ものさし”なのです。

倉重 牧夫

Q. IECとはどんな組織で、今回の受賞では何が評価されたのですか?

倉重:IECは、電気・電子分野の国際規格をつくる国際標準化機関です。こうした機関には、電気・電子分野以外の幅広い分野を扱うISOや、通信分野を扱うITUなどもありますが、IECは電気・電子分野に特化している点が特徴です。

私は2012年からIECの標準化活動に参加し、電子ディスプレイ分野を中心に複数の国際規格づくりに関わってきました。レーザーディスプレイ※2に関する用語規格をはじめ、これまでに「ディスプレイのぎらつき※3測定規格」を含む4件の規格でプロジェクトリーダーを務め、その成立を主導しました。その後も、移動体※4に搭載するレーザー製品の安全に関する規格など、技術の評価や安全性に関わる活動を継続しています。

今回のIEC-APC議長賞は、これらの特定の規格だけではなく、長年の標準化活動への貢献を総合的に評価していただいたものだと受け止めています。国際規格をつくる仕事は、技術そのものを開発する仕事とは異なりますが、技術が社会で正しく評価され、安心して使われるための土台を整える重要な役割を担っていると考えています。

  • 2 レーザーディスプレイ:光源に可視光レーザーを用いた映像表示装置の総称
  • 3 ぎらつき:防眩フィルムの表面にあるミクロな凸凹と光を発するディスプレイの画素が重なり合うことで発生する不規則な粒状ノイズ
  • 4 移動体:自動車や航空機、船舶、ドローンなど、人や物を載せて移動する機器やシステムの総称

IEC活動推進会議総会でのIEC-APC議長賞授賞式の様子

肩書きは通用しない。世界の専門家とDNPの技術・知見で向き合う

Q. 担当した国際規格は、専門の光学系に関係するものが多いですね。

倉重:私が初めてプロジェクトリーダーを担当したのは、レーザーディスプレイに関する用語の規格でした。プロジェクトが始まった2013年頃は、レーザーをプロジェクターの光源に使う技術が広がり始めた時期です。そのため、ディスプレイ分野に関わる人たちにとっては、レーザー分野特有の用語や現象になじみがない部分が多くありました。たとえば、レーザー光の干渉性※5によって画面がちらついて見える「スペックル」と呼ばれる現象があるのですが、ある研究者がスペックルという言葉を使っても、別の研究者には同じイメージが伝わらないことがあります。言葉の定義が共有されていなければ、光学性能や画像品質を正しく議論できません。そこで、まず用語をきちんと定義する規格づくりに取り組みました。

その後は、レーザープロジェクター用スクリーンの光学測定方法、眼鏡型ディスプレイ、いわゆるARグラスの光学測定方法、防眩フィルム付きディスプレイのぎらつき測定方法などの標準化を主導してきました。いずれも、製品や技術を適切に評価するための測り方の基準となる規格です。

  • 5 光の干渉性:光の波同士が重なり合うことで強め合ったり打ち消し合ったりする性質

Q. 国際規格を成立させるうえで難しい点は?

倉重:IECでは誰もが、各国から登録された個人の専門家として技術委員会に参加し、規格の内容について議論します。会議の場では、どの国・地域の人か、どの会社の人か、どんな役職かは関係ありません。一人の技術専門家として、何を理解していて、どのような根拠で発言しているかが問われます。

初めて参加した場では、まず「この人の話は聞く価値がある」と認識してもらう必要があります。そのためには、技術的に正しいことを論理的に、しかもその場で説明できなければなりません。英語で議論する力はもちろん必要ですし、データや理論に基づいて説明する力も求められます。

標準化の議論では、人の批判にならないように、提案されている内容に焦点を当てて妥当かどうかを話し合います。提案内容に問題があれば、なぜその方法では適切に評価できないのかを説明する必要があり、多くのケースで修正案の提示を求められます。厳しい議論になることもありますが、そうしたやり取りを積み重ねることで、少しずつ信頼が生まれます。肩書きではなく、発言の中身と継続的な貢献によって、専門家としての立場を築いていくことが大切なのです。

Q. そのような場で、DNPの強みが活きていると感じる瞬間はありますか?

倉重:DNPは、あらゆる業種の顧客と対峙しているため、求められる性能や使われる場面の幅広さは、他に類を見ないと感じています。それらを重視して、さまざまな製品・サービスや技術を開発してきました。顧客との対話の中で得てきた知見は、標準化の議論で大きな支えになっています。そうした知見の蓄積が社内で共有されているからこそ、測定方法や評価基準について、実際の使用場面に即した意見を出すことができると感じています。

もう一つ大きいと感じているのは、標準化活動のようにすぐに成果が見えることばかりでないことでも、業界や市場にとっての必要性を中長期の目線で捉えるということです。DNPには「顧客志向の文化」があり、困っている人や課題があれば、何か役に立てることはないかと考え続ける姿勢があります。そんな風土が今の活動を支えていると思います。

倉重 牧夫

“良い技術”を“安心して使える技術”へ

Q. IECとは別の技術会議でも受賞されたそうですね。

倉重:2026年4月に開催されたLaser Display, Imaging and Lighting Conference 2026(LDC2026)で、発表された論文の中から特に優れた内容に贈られるLDC Regular Awardを受賞しました。DNPのレーザー製品に用いているホログラフィック・マトリクス(HMX)技術※6と光安全※7について発表したもので、私の技術者としての側面を評価していただきました。

レーザー光による表示技術は、高い視認性や表現力を実現できる一方で、安全性への配慮が欠かせません。特に公共空間や緊急時の誘導など、人の目に触れる場面で使われる技術としては、見やすいだけでなく、安心して使えることが重要です。

今回の発表では、レーザーを使った新しい表示技術の可能性と光安全がどのように両立しているかを示すことが大切でした。研究開発として新しい技術を提案しただけでなく、実際の用途を見据えて製品化につなげてきたことや、性能と安全性を両立させるための取り組みを伝えられたのではないかと思います。

  • 6 HMX技術:「DNP高視認性パターンライト」に搭載したDNP独自のレーザー制御技術。複数のHMX素子でレーザー光の方向や強度を制御し、遠方まで鮮明な光のパターンを投影できる
    https://www.dnp.co.jp/media/detail/20177913_1563.html
  • 7 光安全:レーザーなどの光による危険性の程度を把握し、必要な注意や対策により、製品を安全に使えるようにする考え方

LDC2026でのLDC Regular Awardの表彰状

Q. こうした研究開発の成果や発表は標準化活動にもつながっていますか?

倉重:つながっていると思います。標準化活動では、技術をどう評価するのか、どのような条件で安全と言えるのか等を理論やデータに基づいて議論します。そのためには、実際の研究開発で得られた知見や、学会などで発表された成果が重要な裏付けになります。

一方で、新しい技術が社会で実装されるには、技術そのものの新しさだけでなく、評価基準や安全性について示すことが大切です。標準化活動に関わっているからこそ、研究開発の段階から、性能だけでなく測定方法や安全性を強く意識することができます。

研究開発で得た知見が標準化の議論を支え、標準化活動で得た視点が研究開発にも活きる。私にとっては、どちらか一方ではなく、両方を行き来しながら、技術を社会で使えるかたちにしていくことが大切だと考えています。

Q. 標準化活動に継続して関わる意義をどのように考えていますか?

倉重:標準化活動は、誰かに有利なルールを不公正な手段でつくる活動ではありません。良い技術が良いものとして公正に評価され、生活者が安心して使える環境を整えることです。

また、規格は一度つくれば終わりではありません。技術や市場は変化していくため、規格も必要に応じて見直しやメンテナンスが行われます。そのときに、過去の議論の経緯や、なぜその基準になったのかを理解している人が関わっていることは、とても重要です。

評価方法や安全基準が実態と合わなくなると、技術の価値が正しく伝わらなかったり、利用者に不利益が生じたりする可能性があります。

一方で世界に視野を向けると、標準化を含めたルール形成は市場創出の重要な前提ととらえられていて、主導権争いが激化しているという側面もあります。その影響は部品レベルから事業レベルまで拡張し、ときにはその企業全体におよぶ可能性もあるので、標準化活動を「事業戦略の一つ」ととらえる企業や国・地域も少なくありません。

一部の都合で、生活者の求める機能を搭載した製品を正しく評価する規格がなくなったり、「過剰品質」と評価されるような規格に変わってしまったりすると、その製品を本当に必要とする人や場所に届かなくなってしまうことも起こりえます。

だからこそ、規格がどのタイミングで提案され、成立後もどのように更新されていくのかを継続して追っていく必要があります。

DNPには、製品・サービスの開発や顧客との対話を通じて培ってきた技術の蓄積があります。そうした知見を必要な場面で提供し、公正な“ものさし”として機能するように標準化に関わり続けることは、生活者にとって本当に価値のある製品が、正しく選ばれる環境をつくることにつながります。

製品を使う人にとっても、技術を社会に届ける日本の企業にとっても、良いものを“あたりまえ”に良いと評価できるような未来をつくる。そのための基準を整え、見続けていくことが、標準化活動に関わり続ける意義だと考えています。

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