「今までにないもの」を生み出すためには?
デザインシンキングで考える市場の作り方

社会の変化するスピードが早く、先を見通しにくい今の時代。従来の考え方や方法論では課題解決が困難になるケースが増えています。こうした中で注目を集めているのがデザインシンキングです。ビジネスデザイナーとしても活躍する武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授の岩嵜博論氏は、「今あるものを改善するのではなく、今までにないものを生み出すためには、枠外の視点で探索することが必要」と話します。今回のコラムでは、岩嵜氏に、デザインシンキングを用いた新たな市場の作り方を伺いました。 ※2022年4月公開

プロフィール

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武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科
教授/ビジネスデザイナー
岩嵜博論(いわさき・ひろのり)氏
リベラルアーツと建築・都市デザインを学んだ後、博報堂においてマーケティング、ブランディング、イノベーション、事業開発、投資などに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任し、ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。ビジネス✕デザインのハイブリッドバックグラウンド。著書に『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)など。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。

【目次】

生活者を観察して、異なるものを結合し、試行錯誤しながら考える

——まず、デザインシンキングとはどういうものでしょうか?

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岩嵜氏:デザインシンキング(デザイン方法論)とは、デザイナーが使っている思考方法を、デザイン専門職以外の人がビジネスのシーンに応用するための手法です。スタンフォード大学などでも教えられていて、新しいビジネスを創造する考え方として注目されています。

日本だと、デザイン=「意匠」のイメージが強いですが、デザインシンキングがさすデザインとはもっと広義で、日本語では「構想」「設計」といった意味を含みます。

この概念をよりわかりやすく表現すると、「機会発見」という言葉があてはまります。従来の枠にとらわれない視点で生活者のニーズを探り、新しい機会を発見して、市場を作っていく。こうした従来よりも拡張したデザインの考え方をビジネスに取り入れることで、今までにないものを生み出すことにつながります。

——具体的に、デザインシンキングを実践するときのプロセスを教えてください。

岩嵜氏:デザインシンキングのプロセスには、①共感・理解、②定義、③アイデア出し、④試作、⑤検証の5つがあります。

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デザインシンキングのプロセス

①共感・理解…定性調査などを通して、対象となる生活者をとりまく環境や心理、文脈などに共感し、深く理解するステップ。
②定義・明確化…①で見つかった顕在的・潜在的な生活者の課題やニーズを定義するステップ。
③アイデア開発…ブレインストーミングなどを通して、課題やニーズを解決するアイデアを多角的に考えるステップ。
④プロトタイプ…試作品を作って形にするステップ。
⑤テスト…試作品を検証し、フィードバックを得てブラッシュアップしていくステップ。

これらの5つのステップを行ったり来たりしながら、コンセプトを具現化していくのがデザインシンキングです。大事なのは、「生活者をよく観察して共感すること」「異なる要素を結合させること」「試作を繰り返しながら考える」ことです。

私がアメリカのデザインスクールに留学していた時、教員からよく言われたのが「Low fidelity, Early failure」という言葉。つまり、精度は高くなくていいから早く失敗する、という意味です。短期間で試作することで、早期に失敗できる。その分失敗から得るものが大きく、素早く改善できるというわけです。

一方、日本社会の場合は逆で、「High fidelity, Late failure」、つまり精度を高めて作り込んでしまい、失敗したときに大きなダメージを受けることが多い。これでは結果的に時間がかかってしまい、イノベーションが生まれにくい。新しいものを生み出すときには、試作と検証のサイクルを短くして繰り返していくことが重要です。

デザインシンキングで探索し、ロジカルシンキングで検証する

——問題解決の手法としてロジカルシンキングがあります。デザインシンキングとはどう違うのでしょうか。

岩嵜氏:ロジカルシンキングは複雑な問題をシンプルに整理し、構造化して、矛盾なく考えるための思考法です。例えば、ロジカルシンキングのフレームワークのひとつに、「MECE(ミーシー)」があります。「もれなく、だぶりなく」ですね。これは、枠の中でどう整理するかという考え方です。

一方、デザインシンキングは枠の外を探索して、これまでにない新しい機会を探索していく考え方です。つまり、既存の枠から漏れていたほうがいい。私たちがまだ気がついていない、メジャーになっていない何らかの「兆し」を発見し、新しいものとして形作っていくのがデザイシンキングです。

枠外の「兆し」を発見するためには、生活者へのデプスインタビューや実際の現場を観察するフィールドワークなどの定性調査を実施して、生活者を深く理解することが必要です。

——日本のビジネスシーンではロジカルシンキングのほうに重きを置いてきた印象があります。

岩嵜氏:一般的にビジネスの世界では定量情報を重視し、サンプルが多いほうがいいといわれる傾向があります。定量情報をもとにロジカルシンキングで分析することは現状や全体の動向を把握するために役立ちますが、新しいビジネスの種となる生活者のニーズはまだ顕在化されていないことがほとんど。これらはロジカルシンキングではみつけられません。

そこで、役立つのがデザインシンキングの手法です。

例えば、スマートフォンフォンは2007年にはじめてiPhoneが発表されたときから歴史が始まっていますが、実はそれ以前から「兆し」はあり、“スマートフォンのようなもの”は出ていました。

当時、スクリーン型のデバイスの市場が確立されていない中で、スティーブ・ジョブズは天才的に「兆し」を探索し、結合して、ひとつのオポチュニティを仕立て上げました。定量的な分析にもとづく確かさはなかったものの、「兆し」を天才的にとらえて「iPhoneがあればこんな生活ができる」という世界を人々に見せ、新しい市場を作ったんですね。

——ロジカルシンキングとデザインシンキングはアプローチが逆なんですね。どのように使い分ければいいのでしょうか。

岩嵜氏:ビジネスを考えるときは両方のアプローチが必要で、探索するときはデザインシンキング、検証するときロジカルシンキングのアプローチと使い分けることが大切です。

新しい事業や商品のアイデアを探すときはデザインシンキングのアプローチで、定性調査をしてコンセプトを錬り、プロトタイプを作って試作を繰り返す。この段階で紙芝居やムービーなどを作り、イメージを形にするのもデザイナーがよく行う手法です。

そして、生活者にそのプロトタイプを見せて検証する段階でアンケート調査などを実施し、ロジカルシンキングで検証していく。その結果をふまえて再びデザインシンキングで探索する。これを何度も繰り返すことが大事です。

このときに忘れてはならないのが、「今どちらのアプローチをしているか」を自覚しておくこと。意識的に使い分けることで、アイデアの精度がより高くなっていきます。

イノベーションのヒントは従来の常識の外にある

——今まで日本でデザインシンキングがあまり広まってこなかったのはなぜでしょうか。

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岩嵜氏:産業によりますが、国内にそれなりの人口があり、市場規模があるため、これまでは新しいものを作らなくてもやってこれたという背景があると思います。しかし、市場が成熟し、将来的に人口が減少していく時代になり、今までと同じでは立ちゆかなくなってきました。

例えば、自動車産業。戦後成長し、日本を代表する産業になりました。新車を開発して工場で大量生産し、ディーラーで売る。「意匠」の意味でのデザインは変わってきましたが、基本的な仕組みは何十年も変わっていません。

ところが、近年は無人運転やコネクティッドカー、EV化などで、自動車自体の概念が大きく変わりつつあります。また、移動という枠組みにおいてもMaaSの考え方が広まり、新しいシェアリングサービスが登場しています。ドラスティックに業界が変化していく中で、今までと同じ方法で自動車を作っているだけでは限界があります。

こうした中で、自動車業界の各社は、従来の自動車メーカーの枠組を抜け出す新しい試みを初めています。トヨタ自動車はモビリティカンパニーとして打ち出して街を作ろうとしていますし、日産自動車ではユーザーエクスピエリエンスのデザインチームを作って今までにない方法で課題解決をしようとしています。

——変化に対応していくためにはデザインシンキングのアプローチで新しい機会を発見していく必要がある、と。

岩嵜氏:既存の事業を回していくだけであれば、今までのやり方でも対応できるかもしれません。いわゆる改善領域ですね。これは日本の企業がこれまで得意としてきた領域です。しかし、新しくイノベーションを起こすためには、既存の枠組みを出て今までにない見立てを獲得することが必要不可欠だと思います。

出版業界もまさに今、大転換期を迎えているタイミング。既存の事業から離れて、新しいアプローチで事業を考えていくことが求められているのではないでしょうか。

———デザインシンキングのアプローチで新しいものを生みだしていくために、大切なことはなんでしょうか。

岩嵜氏:イノベーションを起こすためには、両利きの経営が必要です。今までやってきたことを深化させることも大事ですが、横展開して新しい機会を探索していくことも大切。深化させる部分、改善する部分はロジカルシンキング、横展回する探索の部分はデザインシンキング。これらを行ったり来たりしながら取り組んでいくことが大事です。

また、既存の組織体系にデザインシンキングを取り入れると組織が混乱して機能しないケースもあるので、デザインシンキングの発想で探索をするチーム、ロジカルに検証・分析をするチームと、役割でチームを分けたほうがうまくいくと思います。既存組織と離れたところに専門のチームを作り、うまくいったものを全社的に反映していく方法がスムーズです。

生活者はまだ見たことがない新しいものを評価することはできません。こうした中で、新しい市場を開拓していくために何が必要か。生活者の視点に立って発想することに加えて、最終的には「こんな商品が世の中にあったらいいよね」というイマジネーションと強い意志なのではないでしょうか。

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