Scope3削減のためのサプライヤーエンゲージメント実務——協働と運用に向けたデータ設計【連載3/3】
Scope3カテゴリー1の算定は、「どの手法が正解か」を探す作業ではありません。重要なのは、自社の目的、制約、調達構造に応じて、削減につながるデータ構造を設計することです。
前回(連載2/3)では、「活動量×排出原単位データ」という2軸と12のマトリクスで、Scope3カテゴリー1算定の構造を整理しました。
本稿では、Scope3対応を「設計から実務へ」進めるための具体的な考え方をご紹介します。
はじめに:Scope3対応を「データ設計」として捉える
Scope3対応とは、膨大な調達データの中から「どの領域を深掘りし、どの領域を俯瞰で見るか」を定め、将来的にどのような構造へ移行していくかを描く設計型のマネジメント活動です。したがって、1次データ化は目的ではなく、「削減可能な構造を拡張し、実効性のある削減アクションを実現するための手段」です。Scope3対応の本質は、データの精度向上そのものではなく、削減可能な構造を共創することにあります。
本稿での用語の定義
・自社:サプライヤーから資材を購入している企業自身(本コラムを読んでいる「あなたの企業」を指します)
・サプライヤー:自社へ資材を提供する取引先
本稿では、自社がサプライヤーとの協働体制をどう設計し、運用していくかを解説します。
1. Scope3実務の出発点:購入製品・素材別の排出量リストの作成
Scope3カテゴリー1の実務は、算定式やツール導入ではなく、算定結果の「読み解き」から始まります。
多くの企業ではまず、前回(連載2/3)で示した「①購買金額データ×2次データ(金額単位)」の組み合わせで全体像を把握します。これは後述する「T1」に相当します。
この算定により、サプライヤー名、取引金額、排出量、業種区分、品目分類などが並んだ「購入製品・素材別の排出量リスト」が作成されます。このリストは、Scope3カテゴリー1算定の「全体像」を把握するための基礎データとなります。
サプライヤーのデータ算定状況を把握する
このリストをもとに、次のステップとしてサプライヤーとの対話を通じて、各社のデータ算定状況を把握していきます。通常、次のような違いが見えてきます。
・算定データ(サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータやCFP)をすでに保有している企業
・データは未整備だが、提供や協議の余地がある企業
・データを提供してもらえない企業
Scope3の実務は、この多様な状況を踏まえ、「どこから削減可能なデータ構造に移行するか」を設計することにあります。すべてのサプライヤーに1次データを求めるのではなく、限られたリソースの中で「どの領域に深度を置くか」を判断するのが、Scope3設計の出発点です。
2. タイプ別分類の理解:精度向上の段階的アプローチ
前回(連載2/3)では、scope3のデータを12のマトリクスで表しました。
表:データ設計の全体像(12の組み合わせ) ※コラム【連載2/3】より
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それらを更に、Scope3算定の実務において代表的な5つの分類を、「タイプ別分類(T1~T5)」として整理します。タイプ別分類は、前回示した「活動量の取得方法×排出原単位データの入手元」の組み合わせを、実務での精度向上の観点から段階的に整理したものです。T1からT5に進むほど、算定精度が向上し、削減策を設計・検証できる情報粒度が高まります。
表:算定実務での5つのタイプ別分類
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ただし、必ずしもT1→T2→T3→T4→T5の順に進む必要はありません。取引構造やサプライヤーのデータ提供状況によっては、T1からT5へ直接移行するケースもあります。重要なのは、「現状どのタイプで算定しているか」「今後どのタイプを目指すか」を整理し、精度向上の方向性を明確にすることです。
タイプ別分類の5つのカテゴリー
T1:購買金額データ ×2次データ(金額単位)
T2
:物量データ ×2次データ(金額単位)と物量データ ×2次データ(物量単位)
T1より精度が高く、為替や価格変動の影響を受けにくい
T3
:購買金額データ ×サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータ
注意:
サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータには、購入する製品・素材の製造に関するGHG排出量だけでなく、従業員の出張(Scope3カテゴリー6)やサプライヤーが購入した製品の使用(Scope3カテゴリー1)に関するGHG排出量が含まれています。これらカテゴリー1以外の項目を除外し、対象工程を明確にした上で配分根拠を文書化することが前提です。
また、サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータは、Scope1とScope2のみであることが多く、電力の上流(Scope3カテゴリー3)が算定されていない場合があります。さらに、サプライヤーが購入する素材や部品のGHG排出量(サプライヤーにとってのScope3カテゴリー1)が含まれていないことが多い点にも注意が必要です。これに対し、2次データのデータは、「資源の採掘から製造(場合によっては輸送を含む)」までのGHG排出量を示しています。この違いを理解した上で活用することが重要です。
T4
:物量データ ×サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータと構成データ(部品) ×サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータ
カテゴリー1以外のデータを混入させず、配分根拠(計測値、稼働時間、エネルギー実測値など)を明示する
注意:部品表(BOM)は、製品構成をもとに素材や部品単位へ分解して活動量を把握する手法です。物量データをさらに詳細化したものと位置づけられ、実務上は物量データと重なる部分も多く、両者を補完的に活用します。
T5
:物量データ×サプライヤー製品ベース(CFP) と構成データ(部品)×サプライヤー製品ベース(CFP)
T1-T5
の関係性と精度向上
T1からT5に進むことで、以下のように算定精度が向上します。
・T1→T2:購買金額を物量に換算することで、価格変動の影響を排除し、実態に即した算定が可能になる
・T2→T5:2次データの平均値から、サプライヤー固有の製品CFPへ移行することで、製品固有性が反映される
・T1→T3→T4→T5:サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータを経由して段階的にCFPへ移行する経路T3とT4は、2次データとサプライヤー製品CFPの中間的な位置づけ。サプライヤーとの協議を通じて段階的に精度を向上させる際の「橋渡し」として活用可能。
精度向上の重要性と「目的化」の注意
T1からT5への移行は、算定精度を向上させ、削減策の設計・検証を可能にするための段階的アプローチです。精度向上は削減実務の基盤となる重要な取り組みですが、精度競争そのものを目的化することは避けるべきです。重要なのは、精度向上を通じて「削減設計をどう実務化するか」という視点を常に持ち続けることです。1次データの収集そのものに意味があるのではなく、それを用いて削減アクションにつなげることにこそ価値があるのではないでしょうか。
3. サプライヤーリストへの適用:優先順位とアクション設計
タイプ別分類を実務に活用するための具体的なステップを示します。
図:タイプ別分類からのステップ
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ステップ1:T1による全体俯瞰
まず、T1で全体像を把握し、サプライヤー別(または購入製品・素材別)の排出量リストを作成します。このリストには、サプライヤー名、取引金額、排出量、業種区分、品目分類などが含まれます。
ステップ2:優先順位づけの3つの観点
次に、以下の3つの観点からサプライヤーを評価し、優先順位をつけます。
- 金額寄与または排出寄与の大きさ:T1の結果から、排出量の大きい購入製品・素材を特定する
- サプライヤーのデータ提供意欲:サプライヤーとの対話を通じて、データ提供の可能性を見極める
- 製品設計や調達戦略上の重要性:削減施策の実現可能性や戦略的重要度を考慮する
ステップ3:3つの層での管理設計
上記の評価をもとに、サプライヤーを以下の3つの層に分類し現状のT分類と目標とするT分類を確認します。
表:サプライヤーの層分類
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注意:層の数や定義は固定ではなく、企業規模や業種構造に応じて柔軟に設計できます。例えば、中堅企業では「俯瞰層」と「重点層」の2層で運用するケースもあります。
段階的な精度向上のアプローチ
重点層に対するアプローチ
重点層に対しては、現状がT1の場合、まずはT2「物量データ ×2次データ(金額単位)と物量データ ×2次データ(物量単位)」へ移行を検討します。購買金額データを単価で補正して物量に換算し、物量単位の2次データ係数を適用することで、価格変動の影響を排除し、材質別の比較が可能になります。並行して、サプライヤーとの対話を通じて、サプライヤー組織単位GHG排出ベースデータの提供可能性を探ります。提供が可能な場合は、T3やT4への移行を検討します。
共創層に対するアプローチ
共創層に対しては、製品設計や調達戦略と連動した削減設計を目指します。サプライヤーとの協議を通じて、製品CFPの算定や提供を依頼し、T5への移行を目指します。
すべての製品を一度にCFP化するのではなく、代表製品(SKU)から始めて徐々に対象を広げていく「段階展開型」が現実的です。
運用のポイント
重点層や共創層については、協議フォーマットやデータ提出テンプレートを共通化し、更新頻度や照会手順を標準化しておくと、社内外の負荷を最小化できます。
また、サプライヤーのデータ提供意欲を高めるためには、データ提供の目的や活用方法を明確に伝え、サプライヤーにとってのメリット(自社の脱炭素化への貢献、取引関係の強化など)を示すことが重要です。
重要なポイント
・タイプ別分類は「誰に、どの程度詳細に、どのように関与するか」を決めるための設計軸
・精度向上を通じて、削減可能な構造を段階的に拡張することが目的
・優先順位づけによってサプライヤーを層別し、各層に適したタイプ別分類を設定する
・寄与が大きい領域に重点を置き、段階的に精度を向上させる
4. まとめ:Scope3を「見える化」から「共創マネジメント」へ
Scope3カテゴリー1は、単なる算定業務ではなく、削減構造を共創するマネジメント活動です。自社は、自社の調達構造を理解し、サプライヤーとの協働によって削減につながるデータ構造を設計する責任主体となります。タイプ別分類を用いたサプライヤー管理は、「どこに働きかけ、どこで成果を上げるか」を見える化し、意思決定を支援する道具です。精度向上は削減実務の基盤となる重要な取り組みですが、それ自体を目的化するのではなく、常に「削減設計をどう実務化するか」という視点を持ち続けることが重要です。
企業とサプライヤーの協働こそが、ネットゼロ社会への最短ルートです。
2025年12月公開時の情報です。
連載を振り返って
本連載では、Scope3カテゴリー1の算定を「見える化」から「削減実務」へと進化させるための考え方を、3回に分けてご紹介しました。
・【連載1/3】Scope3「見える化」で止まらない、本当の"削減"への基礎づくり
・【連載2/3】Scope3削減を現場で進めるためのデータの使い分け
・【連載3/3】Scope3削減のためのサプライヤーエンゲージメント実務(本稿)
Scope3対応は、一度の算定で完結するものではなく、サプライヤーとの協働を通じて継続的に改善・進化させていくプロセスです。本連載が、皆様のScope3対応を「見える化」から「削減実務へ」、そして「共創マネジメント」へと進化させる一助となれば幸いです。
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本コラム【連載3/3】は一般社団法人LCA推進機構(LCAF)稲葉 敦 理事長より技術指導のもと作成しています。
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