セキュリティ対応の"現在地"を整理する
- 「セキュリティ」とは言うけれど、いったい何のセキュリティの話をしているのか -
本コラムでは、「セキュリティ」という言葉が持つ曖昧さに着目し、その背景と理由を整理した上で、「組織」と「製品」という2つの軸からセキュリティの全体像をとらえ直し、自社のセキュリティ対応の“現在地”を明確にするための考え方を解説します。
※こちらのページに記載されている内容は、2026年6月時点の情報です。
本コラムでわかること
- 「セキュリティ」という言葉だけでは認識がずれることがある背景と、その理由
- セキュリティの領域と規格・制度の関係性の整理
- 「組織」と「製品」という2つの軸でとらえるセキュリティの考え方
- セキュリティ対応の現在地を明確にし、次のステップにつなげる視点
1. かみ合いそうでかみ合わない、「セキュリティ」の話
近年、「セキュリティ対応が必要」「法規対応を急ぐ必要がある」といった言葉を耳にする機会が急激に増えました。
一方で、このような課題や疑問を持たれている方々も多いのではないでしょうか。
- 組織としてはISMSを取得しているのに、それだけでは足りないと言われる
- サプライヤー評価や調達要件で、これまでと違う観点を求められる
- 製品セキュリティには対応しているはずなのに、別の指摘を受ける
- セキュリティ対応するにあたって何の規格を参照したらよいか、正解が全然わからない
これらのケースで問題になっているのは、「今、何のセキュリティの話をしているのか」という前提が共有されていないことです。「セキュリティ」という言葉は便利ですが、あまりにも広い意味を含んでいます。そのまま議論を進めてしまうと、同じセキュリティについて話しているはずなのに、すぐにかみ合わなくなります。
本コラムでは、個別の対策やツールの話に入る前に、セキュリティを取り巻く全体像と“現在地”を整理することを目的とします。
2. 「セキュリティ」はひとつではない
セキュリティには以下に示すような複数のカテゴリが存在します。
いろいろありますが、大まかには守る対象や、管理の方法の違いによって整理することができます。
- ○組織セキュリティ
企業全体としての体制・統制・運用に関するセキュリティです。
ポリシー策定、責任分担、教育、監査、インシデント対応体制などが含まれます。 - ○サプライチェーンセキュリティ
自社だけでなく、取引先・委託先・サプライヤーを含めた全体としてのセキュリティです。評価制度や調達要件の形で問われることが増えています。 - ○情報セキュリティ
情報やデータを対象とするセキュリティです。
機密性・完全性・可用性 (CIA) を確保することを目的としており、アクセス制御やログ管理、データ保護といった対策が含まれます。 - ○設備・物理セキュリティ
人や施設、設備といった物理的な環境を対象とするセキュリティです。
入退室管理、監視、警備、防犯対策などに加え、どの場所に誰が立ち入り、何ができるかといった前提条件の管理も含まれます。 - ○製品セキュリティ
製品やサービスそのものを対象とするセキュリティです。
設計・開発・運用・更新といったライフサイクル全体を通じて、安全性が継続的に維持されているかが問われます。
製品の機能だけでなく、それを支える体制やプロセスまで含めて評価される領域です。 - ○IT/OTセキュリティ
社内ITシステム、工場や制御システム、ネットワークといった、システム全体を対象とするセキュリティです。
この領域では、システム全体としての安全性が問われます。
また、セキュリティ対策は単に個々の機器やシステムに対して実施されるだけではなく、設計・構築・運用の各段階で一貫して適用されることが求められます。
このように、「セキュリティ」という言葉は、デジタルな情報やシステムだけでなく、人や施設・物理的な環境まで含めた幅広い対象をカバーする概念です。実務においては、これらのセキュリティが明確に分離されて存在するわけではなく、相互に重なり合いながら、ひとつの企業活動を支えています。
3. セキュリティの法規・規格は、それぞれ何のセキュリティを見ているのか
近年登場している法規やガイドライン、規格は数が多く、関係性も複雑に見えます。しかし整理して見ると、それぞれが主に見ているセキュリティの対象やカバー範囲には違いがあります。
ここで重要になるのが、「どの軸でセキュリティをとらえているのか」という視点です。
ひとつは、"企業としての体制やプロセス"を対象とする軸です。
誰が責任を持ち、どのようなルールで管理し、どのように継続的な見直しや監査が行われているのかといった「組織セキュリティ」の観点です。
もうひとつは、"製品・システムといったプロダクトそのもの"を対象とする軸です。
これは、製品が安全に設計・開発・運用されているか、脆弱(ぜいじゃく)性に適切に対応されているかといった「製品セキュリティ」の観点です。
さらに近年は、これらに加えて、"サプライチェーン全体として適切に管理されているか"という観点も強く求められるようになっています。
実際の規格やガイドラインの中には、これらの「プロセス」と「プロダクト」の両方を横断して扱うものも多く存在します。
CRA(Cyber Resilience Act)のような強制力のある法規においても、製品そのものに対するセキュリティ要件だけでなく、開発から運用・サポートに至るプロセス全体での対応が求められています。
それらに準拠するためにIT/OTセキュリティの分野で広く参照されるIEC62443では、システムやネットワークといった対象の保護だけでなく、その設計・運用・管理体制まで含めたセキュリティ確保が要求されています。
また、ISMSのような枠組みにおいては、単に情報セキュリティに対応するだけでなく、企業全体としてセキュリティをどのように管理・運用しているかが評価対象となります。
これらに合わせる形で、製品認証制度やラベリング制度では、製品が一定のセキュリティ水準を満たしているかが評価されるだけでなく、その実現のための開発・運用体制も含めて確認されることがあります。
このように、実務においては、特定の領域だけを切り出して対応するのではなく、複数の観点が組み合わさった形でセキュリティが求められることが一般的です。
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製品として、適切なセキュリティ対策が採られていること。
企業として、それを管理・運用できるセキュリティ対応能力を持っていること。
これらはどちらか一方でよいものではなく、本来は両立して求められるものです。
現在求められているセキュリティ対応は、この両者が整合した状態をどのように維持できているかを問われる段階に入っていると言えます。
しかし、実際のところ、この軸が意識されていないことが多いのではないでしょうか。その結果、
「製品設計・開発部門が新たに対応しなければならないセキュリティ規格については、会社としてISMS認証を取得しているはずの情報セキュリティ部門がよく理解しておらず相談に乗ってくれない」
「会社の組織的なセキュリティについては情報セキュリティ部門がルールを定めて運用してきたが、製品そのものがどう攻撃されないようにするかという話は、製品の仕様を理解している製品設計・開発部門でないと対応できるはずがない」といった「ずれ」が生じやすくなるのです。
一見すると、それぞれの部門が自分の役割を果たしているように見えますが、この状態では誰がどのセキュリティを全体として担保するのかが曖昧なままとなり、結果として対応の抜け漏れや責任の所在不明につながるリスクがあります。
どこかで誰かがセキュリティの対応しているはずなのに、なぜか足りない。
でも何がどう足りないか実はよくわかっていない。
このような状態に陥っている場合、「今はいったい何のセキュリティの話をしているのか?」「何をすれば当社にとって必要十分なのか?」と改めて問い直し、セキュリティ対応の軸を整理することが不可欠です。
4. 組織セキュリティが“土台”として問われる場面が増えている
近年の法規・ガイドライン・評価制度の流れを俯瞰(ふかん)すると、共通する傾向が見えてきます。それは、個別の技術対策だけでなく、「組織として説明できる状態にあるか」を強く問う方向にシフトしているという点です。
どれほど優れた製品セキュリティ対策を設計・実装したとしても、それを継続的に維持・運用する仕組みがなければ、時間の経過とともに形骸化してしまいます。運用担当の変更、サプライヤーの入れ替わり、開発体制の変更、環境の変化などにより、当初想定していたセキュリティ対策が維持されなくなることは珍しくありません。
実際の現場では、例えば次のような状況が頻繁に発生します。
- 製品開発時には適切なセキュリティ設計が行われていたが、運用フェーズでの管理責任が曖昧になり、更新対応が遅れる
- セキュリティルールは整備されているが、現場の制約や業務優先の判断により運用が逸脱する
- サプライヤーごとにセキュリティレベルや管理手法が異なり、全体としての整合が取れない
- 組織としてのルールと、実際の製品や現場の運用が乖離(かいり)している
これらは全て、セキュリティ対策がないわけではなく、組織として維持・統制する仕組みがないことに起因する問題です。このため、近年の製品セキュリティ関連法規や各種評価制度におけるセキュリティ要求は、単に何らかの対策を実施しているかということではなく、
- 誰が責任を持ち
- どのルールにもとづいて管理し
- どのように継続的に見直され
- どのようにその状態を説明できるか
という、企業としての「管理能力そのもの」に重点が移ってきています。
製品単体の安全性だけでなく、その製品が開発・製造・運用されるプロセス、さらにはサプライチェーン全体の統制状況まで含めて評価されるようになっているのです。
言い換えると、製品セキュリティは単体では成立せず、組織セキュリティやサプライチェーン全体の管理を前提として初めて成立するものととらえる必要があります。
5. セキュリティ対応を「整理する」とはどういうことか
ここまで見てきたとおり、セキュリティ対応は単に対策を積み上げていくものではなく、「どの軸のセキュリティを対象としているのか」を明確にすることから始まります。
実務の現場では、セキュリティ対応はどうしても「何を実施したか」「何を導入したか」といった項目として管理されがちです。しかし、その対応がどの領域のセキュリティを対象としたものなのかが整理されていなければ、取組み同士の関係性は見えず、全体としての評価も難しくなります。
例えば、製品のセキュリティを強化しているつもりでも、組織としての管理やサプライチェーン全体の統制が追いついていなければ、結果として十分な対応とは見なされないことがあります。
逆に、組織としてのルールや体制を整えていても、それが製品や現場の実態と結びついていなければ、実効性のあるセキュリティとは言えません。
重要なのは、対策を増やすことではなく、自社のセキュリティ対応を「製品」「組織」「サプライチェーン」といった複数の軸でとらえ、それぞれがどのように関係し、どこまでカバーできているのかを整理することです。
さまざまなセキュリティ対応が求められる現在においては、個々の対策の有無だけではなく、それらが全体として一貫した状態になっているかが問われています。
その意味で、「現在地を整理する」という行為は、単なるセキュリティに対する理解を深めるためのステップではなく、本当に適切な対応を進めていくための「出発点」とも言えるでしょう。
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