長寿企業研究の有識者である作家・コンサルタントの佐藤智恵さんとDNP専務取締役の杉田一彦

【役員対談】150年続くDNPは、なぜ変わり続けられるのか。 長寿企業調査から見えた「挑戦する企業」の条件

DNPは2026年10月に創業150周年を迎えました。その周年事業の一つとして、100年以上続く企業を対象とした「長寿企業に関する経営意識調査」を独自に実施。日本の長寿企業の経営やイノベーションの源泉を探るこの調査から見えてきたのは、「持続」と「成長」を両立する企業ほど理念を大切にしながら、新しい挑戦を重ねているという姿です。DNPはなぜ150年にわたって変わり続け、成長し続けることができたのか。長寿企業研究の有識者である作家・コンサルタントの佐藤智恵さんとDNP専務取締役の杉田一彦が、その背景にある強みと次の時代に求められる価値創出のあり方について語り合いました。

目次

【プロフィール】

大日本印刷株式会社 専務取締役
杉田一彦

1982年入社。九州事業部営業管理部長、市谷事業部企画管理部長などを経て、2015年よりコーポレートコミュニケーション部門を担当。2018年常務執行役員、2024年専務取締役に就任。現在はコーポレートコミュニケーション本部、IR・広報本部、コーポレート総務部などを担当。

作家・コンサルタント
佐藤智恵氏

1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。コロンビア大学経営大学院でMBAを取得後、ボストン コンサルティング グループなどを経て、2012年に独立。企業経営、リーダーシップ、日本史、長寿企業などをテーマに執筆・講演活動を行う。『なぜハーバードは虎屋に学ぶのか』ほか著書多数。

長寿企業調査で明らかになったDNPの姿

――「長寿企業に関する経営意識調査(以下、長寿企業調査)※1」の「6つの経営タイプ」のうち、最も多かったのが「理念・挑戦型」です。このタイプは成長傾向も高いことが特徴でした。佐藤さんは、この結果をどのように受け止めましたか。

  • ※1 創業100年以上・売上高100億円以上の企業を対象に、2026年1~2月に実施したDNP独自の調査。314社から回答を得て、理念・強み・組織文化・危機対応などを分析した。この規模で日本の長寿企業を定量的に調査した例は珍しく、長寿企業が「守る」だけでなく、理念を軸に「挑戦と変化を重ねてきた」実態が明らかになった。調査結果はDNP150周年スペシャルサイトで公開中。
    https://www.dnp.co.jp/150th/report/survey-results/

佐藤:とても意外な結果でした。一般的に、長寿企業は「堅実かつ慎重」なイメージが強いですが、実際には理念を大切にしながら、積極的に挑戦している企業が多かったのは驚きでした。

以前、日本の長寿企業を視察したハーバード・ビジネス・スクールの教員たちが、「日本の長寿企業はとても革新的で、アジャイル(機敏)だ」と分析していましたが、今回の結果はそれを定量的に裏づけるものだと思います。

「長寿企業の6つのタイプ」(DNP「長寿企業に関する経営意識調査」より)


杉田:今年150周年を迎えるDNPは、今回の調査で「理念・挑戦型」に分類されています。

振り返ると、創業(1876年)から約75年間は、書籍や雑誌など紙への出版印刷が事業の中心でした。しかし、1950年代以降は、出版印刷で培った技術を応用・発展させながら、印刷する素材や市場を広げ、事業領域そのものを変えてきました。

自分たちをどういう会社と捉えるかという自己定義も、「印刷業」から「総合印刷業」「情報加工産業」「情報コミュニケーション産業」へと変えています。

その過程で、ICカード、昇華型熱転写記録材(写真プリント用)、反射防止フィルム(ディスプレイ用)、バッテリーパウチ(リチウムイオン電池用)、半導体製造用フォトマスクなど、一見すると印刷との関係がわかりにくい製品も生み出しています。ただ、根っこをたどれば、いずれも印刷で培った技術につながっています。

佐藤:それも私にとっては新たな発見でした。私が知る限り、海外企業では、新しい技術や事業を外部から取り入れながら成長していくケースが多いですが、DNPは印刷技術を源流に、それを発展させ、枝分かれさせるように事業を広げています。非常にユニークな発展のかたちだと思います。

杉田:そのように見ていただけるのは興味深いですね。私たちが一貫させてきたのは、事業のかたちではなく、「何のために事業をするのか」という部分なのかもしれません。

その根底にあるのが、創業時から受け継いできた「文明の業(ぎょう)を営む」という志です。150年前、当時の最先端技術だった活版印刷によって人々に知識を広め、社会や文化の発展に貢献することからDNPの事業は始まりました。

この精神は今も変わっていません。現在のブランドステートメント「未来のあたりまえをつくる。」も、より良い社会、より心豊かな暮らしを実現するために、人と社会をつなぎ、新しい価値を提供していくという姿勢を表しています。

挑戦を生み出すDNPの文化と仕組み

――長寿企業調査では、成長傾向の割合が高い2つのタイプに共通して、「小さな試行を積み重ねる」「失敗から学ぶ」「挑戦を評価する」という特徴が見られました。企業が挑戦を続けるうえで、この3つはどのような意味を持つのでしょうか。

佐藤:失敗にどう向きあうか、失敗をどう生かすかは、企業の成長や存続を大きく左右するものです。いわゆる「レジリエンス」(逆境から回復する力)については、ハーバード・ビジネス・スクールでも、さまざまな授業で教えられています。

机上でどれだけ戦略を練ったところで限界があります。結局のところ、売れるか売れないかは、市場に出してみないとわからないし、出してみて「もしかしたら、この技術は別の用途にも使えるのでは」と気づくこともあります。

特にデジタル時代では、挑戦と失敗のサイクルを速く回し、市場のニーズを掴むことが重要になります。

大切なのは、この3つが別々に存在するのではなく、循環していることです。「まず試してみる」→「失敗しても、そこから学ぶ」→そして「結果だけでなく、挑戦したこと自体が評価される」。そうしたサイクルを回し続けることが必要です。

「理念・挑戦型」に特徴的な企業文化(DNP「長寿企業に関する経営意識調査」より)


杉田:DNPでも、「試してみる」→「失敗から学ぶ」ということは数多く繰り返してきましたし、その中で生まれた製品・サービスがたくさんあります。

象徴的な例として、食品用の包装材に賞味期限やロット番号などを印字するための溶融型熱転写インクリボンの開発があります。これは、「インキが、印字するときの熱では溶ける一方、滅菌処理の熱では溶けないようにする」という相反する課題を解決して生み出した製品です。

きっかけは、試作を重ねる中で、ある社員が条件を取り違え、意図していない試作品を作ってしまったことでした。ただ、その社員には、「どのような失敗にも必ず意味があるはず」と考え、失敗作も捨てずに調べる習慣がありました。その結果、意図しない試作品から課題解決のヒントを見つけ、製造部門と連携しながら量産化につなげました。現在では従来の食品包装だけでなく、冷凍用や、医薬品・医療品のパッケージなどにも用途が広がっています。

佐藤:「失敗作を捨てずに取っておく」というのは、まさにDNPの企業文化を象徴していますね。普通なら「失敗作など見たくもない」と捨ててしまいそうです(笑)。

杉田:そうですね。もう一つ、違うタイプの例として、コンビニエンスストア向けの無菌BIBがあります。BIBは「バッグ・イン・ボックス」の略で、段ボール箱の中にフィルム製の内袋を入れた、主に業務で使われる液体容器です。DNPは、BIBにミルクを無菌状態で充填し、そのままコーヒーマシンにつなぐ仕組みを開発しました。

それまでコンビニエンスストアでは、店員が紙パックの牛乳をミルクタンクに移し替え、タンクを洗浄し、残った牛乳を廃棄していました。そこで、「そもそもミルクタンクは必要なのか?」と問い直したのです。ミルクの入ったBIBをそのままコーヒーマシンにつなげば、店舗での作業負担を減らせます。また、洗浄時に残ったミルクを廃棄する必要も無くなります。「より良い容器をつくる」から「容器によって店舗の仕事を変える」への発想の転換です。

衛生面や安定供給など、全国の店舗で使える仕組みにするには多くの課題がありましたが、社内外の関係者と試行錯誤を重ね、8年かけて実用化にたどり着きました。

熱転写リボンが「失敗を捨てない挑戦」だとすれば、無菌BIBは「問いを捨てない挑戦」だったと思います。失敗を失敗のまま終わらせない。すぐに答えが出なくても問い続ける。そして、仲間を増やしながら、社会に届けるところまでやり切る。そうした挑戦を繰り返してきました。

佐藤:挑戦と失敗のサイクルを回していく中で、最も重要なのが、挑戦を評価する仕組みと文化だと思います。私は、『世界のエリートの「失敗力」』という本を執筆した際、「失敗」という観点から、多くのグローバル企業を研究しましたが、世界で革新的と評され、持続的に成長している企業には、「失敗した人を責めない」「時に失敗事例を笑いとばす」文化があることに気づきました。DNPにも、社員の挑戦を、会社として後押しする取り組みがあるのでしょうか。

杉田:日々の仕事では、目標管理の仕組みに「チャレンジ目標」を設け、一人ひとりが何に挑戦するのかを明確にしています。

また、全社表彰制度として「DNPアワード」があります。DNPグループ内のさまざまな取り組みを対象にしたもので、以前は業績を中心に表彰していましたが、現在は結果だけでなく、社員がどこに着目し、どのような挑戦をし、それをどう価値につなげたのかというプロセスも称える制度になっています。

事業部門からの推薦だけでなく、自分たちの取り組みを自ら応募できる自薦部門もあります。さらに、事業部グループごとに独自のアワードを設け、社員が挑戦を表明しやすくする工夫を行っているところもあります。

自分たちが取り組もうとしていることが、本当に社会への価値提供につながるのか? これまで培ってきた技術や知見のどこにつながり、そこから何を発展させられるのか? そうしたことを確かめながら、新しい領域へ枝を伸ばしていくことが大切だと思っています。

「健全な危機意識」が次の変化を捉える

――長寿企業はさまざまな困難を乗り越えてきましたが、これから企業が直面する危機は、これまでとは性質が異なるように思います。

佐藤:いま、レジリエンス経営の必要性が叫ばれていますけれども、日本企業はBCP(事業継続計画)が本当に優れていると感じています。なかでも、DNPのような長寿企業には戦争、自然災害など、あらゆる危機を乗り越えてきた知見と能力がありますから、それは未知のリスクに対しても応用できると思います。

むしろ警戒すべきなのは、外から突然やってくる危機よりも、組織の内部が保守化していくリスクです。

自然災害やパンデミックのような明確な危機が起きれば、組織は一丸となって対応できます。しかし、市場や社会の変化に対しては「まだ大丈夫だ」と考え、従来のやり方を続けてしまう企業は意外に多いものです。特に長寿企業には、長く存続してきた自負と成功体験があるので、なおさらそうです。ですから、長い歴史を持つ優良企業にとっては「イノベーターのジレンマ※2」に陥らないための対策を意識して講じることが重要だと思います。

  • ※2 イノベーターのジレンマ(イノベーションのジレンマ)
    ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した経営理論。業界をリードしていた優良企業が、市場や技術の変化に直面した際、破壊的イノベーションを創出した新興企業にシェアを奪われてしまうこと。

杉田:まさに、自分たちの強みが今も本当に強みなのかを、問い直し続ける必要があるということだと思います。

例えば、祖業である出版印刷では、かつて「短期間に大量に複製できること」が大きな強みでした。しかし、デジタル化やパーソナル化が進み、日本の出版販売額は1996年をピークに減少が続いています。

しかも、市場が一気に無くなったわけではなく、長い時間をかけて縮小してきました。そのような環境では、かつての強みが、そのままでは競争力にならず、場合によっては重荷にもなりえます。

佐藤:祖業をどう生かすのかは、企業が長く存続していくためには最重要戦略の1つです。日本の長寿企業は「祖業をコア事業として維持している企業」と「祖業から他の事業へとコア事業をシフトさせた企業」の2つに分かれますが、DNPは、後者を戦略的に選択してきました。これは非常に重要な経営判断であったと思います。

DNPは、その長い歴史の中で、「祖業の技術をいったん分解して、それらをうまく組み合わせ、新たな技術を開発すること」で数多くの新規事業を創出してきました。「さまざまな要素を組み合わせて、新しい解を導く」というイノベーション創出手法は、簡単なようで実践するのが難しいと言われています。

祖業の技術はすでにさまざまな事業で活用されていますが、祖業で得た無形資産(知識、ノウハウ、ブランドなど)は、どのように生かされているのでしょうか。

杉田:出版分野におけるDNPの強みが無くなったわけではありません。出版社との長年の取引で培った信頼関係がありますし、コンテンツのデジタル化や活用に関する技術もあります。

出版社のビジネスも、紙の本を売るだけでなく、デジタル化や、版権・知的財産のいわゆるIP(Intellectual Property)など、コンテンツを生かす方向へ変化しています。DNPでも、コンテンツ・XR(Extended Reality)コミュニケーション関連事業など、新しいかたちで、これまでの強みを生かしています。

佐藤:今の話は、まさに「自己刷新」だと思います。既存事業の深化と新規事業の探索を両輪でまわす経営手法「両利きの経営」にも通じますね。

杉田:振り返れば、DNPはそうしたことを繰り返してきました。

出版印刷でも、活字による組版からコンピューターを使った写真植字・組版システムであるCTS(Computerized Typesetting System)へ切り替えた際には、社内から強い反対がありました。それでも、将来を考えれば変える必要があると判断し、移行を進めました。

そこには、少し先を見る目と、「このままではいけない」という健全な危機意識があったのだと思います。変化を恐れず、自らを変えていこうとする姿勢を、世代を超えて受け継いできたことも、DNPの強みの一つなのかもしれません。

今の強みが、明日の強みになるとは限りません。その時々で、何を強みとして生かせるのかを考え続ける。その姿勢が、次の変化に備えることにつながると思います。

次の150年へ、“非連続的な発想”で変革に挑戦する

――ここまでの話から、長寿企業は自社の強みを守るだけでなく、時代に合わせて発展させてきたことが見えてきました。DNPはまた、「“非連続的な発想”で変革に挑戦する」ことも掲げています。強みを生かしながら、その延長線上だけではない変革を起こすには、何が必要なのでしょうか。

佐藤:私は、ボトムアップとトップダウンの両方で、非連続的な発想で新規事業を創出していく仕組みをつくることが大切だと思います。

ビジネスリーダーにとって最も必要なのは、一見、非常識に思える意見や少数派の意見も社員から引き出し、受け止め、挑戦できる機会をつくることでしょう。

それに加えて、非連続的な事業は、異なる要素を組み合わせて生まれることが多いので、異なる部門や国・地域の人たち、あるいは、異業種の顧客企業などと、意見交換できる場を提供することも一案だと思います。

杉田:まさに、そうしたことを意図して、DNPでは「未来づくりミーティング」という社内向けイベントの場を設けています。

各部門が、未来に向けて取り組んでいることや開発中の技術を発信し、「一緒に何かできませんか」と仲間を募る場です。DNPは事業領域が広いため、部門を越えて互いの技術や知見を共有することは、新しい掛け合わせを考えるきっかけにもなっています。

佐藤:世代や経験の違いも、新しい視点を生む要素になりますね。私自身は普段、ビジネススクールの学生たちを取材することが多いのですが、若い世代の発想力や実行力には、いつも驚かされるばかりです。若い社員が能力を十分に発揮できるような環境をいかにつくれるかは、日本の大企業に共通する課題の1つだと感じています。

杉田:DNPでも、そこはさらに進めていく必要があります。会社全体としては、挑戦を後押しする風土があると考えていますが、部門によって差が生じることもあります。年次や立場にかかわらず、社員の意見がもっと生かされるよう、組織全体として変えていかなければならないと思っています。

佐藤:そうした一人ひとりの挑戦は、DNPが掲げる「受注体質からの転換」や「非連続的な新規事業の創出」ともつながってきそうですね。

杉田:これまでDNPは、お客さまからいただいた要望に高い品質で応えることで成長し、お客さまに鍛えていただいてきました。ただ、これからはそうした受注だけではなく、社会課題や市場の変化を自ら捉え、DNPから新しい価値を提案していく必要があります。

例えば、愛媛大学と共同で、養殖魚の飼料となる魚粉を、ミールワーム由来のタンパク質で代替する開発を進めています。グループ会社から聞いた畜産分野の課題をきっかけに大学へ相談し、DNPが印刷事業などで培った大量生産技術や、幅広い顧客ネットワークを掛け合わせて取り組んでいます。

これは、誰かから「これをつくってほしい」と頼まれて始まったものではありません。自分たちで課題を見つけ、社内外の強みを掛け合わせて価値にしていった取り組みです。

佐藤:何でも言いたいことが言えて、アイデアを試せる場があって、そのアイデアを周りの人たちの力を借りながら実現できて、社会に自分が貢献していると実感できる――。こういう会社は本当に強いです。「えっ?DNPがこんなことも?」と世間が驚くような事業をどんどん創出していただきたいです。

杉田:では、もし10年後にDNPをもう一度取材するとしたら、佐藤さんは何を見て「この会社は本当に変革できた」と判断しますか。

佐藤:10年後は、AIをはじめとするデジタル技術が、さらに多くの分野に浸透しているでしょう。

その中で、それまで類を見ないようなイノベーティブな新規事業が生まれ、それが新たな成長の柱になっていたら、DNPの変革を示す象徴的な成果だと思います。「長寿企業は保守的」という見方を、さらに覆すことになりますよね。

杉田:DNPが150周年で掲げているのが、「前例を力に、前例のない夢に挑む。」というメッセージです。

150年間、先輩たちが培ってきた志や技術、知見、人とのつながりには大きな価値があります。ただ、それは過去と同じことを続けるためのものではありません。

これまでの蓄積を学び、生かし、次の挑戦の力に変えていく。そして、社員一人ひとりが「対話と協働」を深め、「オールDNP」で前例のない新しい価値を生み出していく。DNPは、そういう企業であり続けたいと考えています。

  • ※記載された情報は公開日現在のものです。