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学芸員レポート
<新執筆陣>
札幌/鎌田享青森/立木祥一郎福島/伊藤匡東京/住友文彦豊田/能勢陽子|大阪/中井康之
山口/阿部一直
<旧執筆陣>
札幌/吉崎元章福島/木戸英行東京/増田玲東京/南雄介神戸/木ノ下智恵子高松/毛利義嗣
福岡/川浪千鶴
「榎倉康二展」/「アルテ・ポーヴェラ」展/芦屋市美術博物館問題/「もの派-再考-」展/「第11回インド・トリエンナーレ」展
大阪/国立国際美術館 中井康之
2005年の気になる展覧会、動向
 このwebでも紹介されたが、私の勤める国立国際美術館は2004 年11月3日に、大阪万博の跡地から大阪都心部へ移転した。新しい施設での開館ということもあり、オープニング展の「マルセル・デュシャンと20世紀美術」終了後も、少なくない関係者の訪問を受けている。先日も北京天安門広場東側に新たに設けられた中国国家博物館で古代史を専門とする研究員王永紅氏が来館し、その博物館が先史から現代美術までを扱う大規模館として開館したことを話されていった。同館は中国歴史博物館と中国革命博物館が合併して誕生したもので、学芸員の数も90人を超えるという。経済成長率9%という飛躍的な発展を遂げ、総人口が12億人を数える国との比較は無意味かもしれないが、欧米の多くの美術関係者も日本を素通りして北京・上海に足を向けているというような話を聞くにつけ、この国の文化施策に対する百年の計を思うのは私ばかりではないだろう。とはいえ、私はここで声高に文化予算の増額を主張し、あるいは人件費削減目的としか思えないような指定管理者制度のあり方に異議を唱えようという訳ではない。国立美術館も2001年4月から独立行政法人化した段階で基本的に正規職員の増員はないこととされたうえで、鑑賞者へのサービスの一環として教育普及的事業や美術情報システムの充実を求められ、加えて入場者数や収入実績は右肩上がりを前提とされ、また運営費も収入見込みが織り込み済みという状況に晒されているが、近年の公的な施設の置かれた状況等を鑑みれば当然のことのようにも見えてくる。いずれにしても問題はそのような些末なところにはないだろう。ことの本質は、この国の文化をどのようなものとして捉え、どのようなものとして提示し、どのようなものとして伝えていくかにあるはずである。
 このような尤もらしいことを述べた訳は、先の王さんを案内してきた奈良国立博物館の西山厚氏が最頃刊行した本(『仏教発見!』)に起因している。その書によれば、奈良の大仏は度々焼け落ち各時代の献身的な僧侶たちによって復興を遂げたらしいが、そのアンカーとなった公慶上人は1684(貞享元)年に寄付を募り始め、1692(元禄5)年に完成させたという。大仏殿の完成にはさらに17年ほどかかったらしい。私が得心したのはその大仏殿を支える梁となる巨木を運んだ話である。日向国(宮崎)の白鳥山という山で伐採した松の大木を海に出すまで115日かかり、鹿児島湾から豊後水道、瀬戸内海を通って大坂へ、淀川から木津川へ入り、木津から人力で大勢の人が引っ張り東大寺へ運んだ、というのである。その木津から東大寺まで17日間、木を曳いた人が2万人を数えたという。その説話を知り、私自身が最初にイメージしたのはクリストのプロジェクトである。企業からの紐付き資金に頼ることなく、多くのボランティアたち等によって新しい風景を立ち上げる様は、公慶上人の復興事業に基づいた人々の行動と同様ではないかと。勿論、宗教的な意味性の付加された構築物と、国や政治体制といった人為的な制度を浮かび上がらせるかのような一時的仮構物には大きな違いがあるかもしれないが、時代背景を考えればその違いは不問に付されるのではないかと。
 しかし、これは逆転した連想であろう。クリストのプロジェクトを知り、奈良の大仏殿の梁を想起する、というのが正しい歴史観の筈であるが、多くの日本人にとっては私と同様の遡行した思考を辿るのではないだろうか。このような自国の文化に対する見識の無さが、われわれの現在地点であることを認識しないわけにはいかない。この国の芸術風土には、例えばマウリッツ・カトランのローマ教皇が隕石によって倒された《9時間》(1999)のような作品を生み出すことを考えることもできないのではないだろう。カトラン作品は、盤石であると思われるキリスト教世界を代表する教皇が超自然現象によって他界している場面というシニカルな視点を指し示しているとはいえ自国の文化に対する認識を前提とした作品であることは確かなのである。
 前置きが長くなったが、そのような前提条件の下、それでもこの国の文化を考えることに対して(歴史的継続性ではないが)自覚的な上に立って表現行為を試みていた作家を輩出したのは1960年代末から1970年代初頭の頃であったろう。その当時の代表的な作家の一人に榎倉康二(1942-1995)がいる。榎倉の死後、初めての本格的な回顧展が東京都現代美術館で開かれる。一過性の強いインスタレーション作品はあきらめなければならないだろうが、榎倉の死後およそ10年が経過し、変節したかに見える現在の美術状況の中で、榎倉が表現しようとした意味を問い直す良い機会となるのではないだろうか。
 榎倉のような作家が生まれた遠因に、フランスの学生運動を端緒として西欧諸国に広がった1960年代末の反体制運動があったろう。そのような思想と行動を共にするような形で、各国に既成の表現様式を否定する美術運動が起ったわけである。フランスでは「シュポール/シュルファス」として、日本では榎倉も加わることがある「もの派」と総称される動向として、またイタリアではジェルマーノ・チェラントという若い美術評論家が名付けた「アルテ・ポーヴェラ」という若い芸術家たちの連帯として時代を画したのである。豊田市美術館では、日本で初めてその「アルテ・ポーヴェラ」の動向だけを本格的に紹介する展覧会が企画されている。豊田市美術館は以前からジョゼッペ・ペノーネの大規模な個展を行ない、ヤニス・クネリスやマリオ・メルツの良い作品をコレクションするなど準備を進めてきたといってよいだろう。また、他のアルテ・ポーヴェラ作家に関しても質の高いイタリア現代美術をコレクションしているカステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館から出品されるようだ。
 さて、期待するではなく気になる動向としては芦屋市美術博物館の問題を取り上げなければならないだろう。市の財政難の為に民間委託、売却、あるいは休館を決定するという期限が2006年3月なので2005年12月頃までには方針を決定することになるのだろう。それにしてもこのように性急なスケジュールで、公立の美術館施設が放置されるような事態が起きることには憤りを通り越して諦めに近い感情を抱くのは私だけではないだろう。例えば、国立美術館に施行された独立行政法人にも業務見直し基準が設けられ、「行政主体が担う必要性が乏しくなった事務及び事業の廃止あるいは民営化」という一項目が設定されてはいるが、その実際の運用にあたっては、「当該法人がその達成のための中期計画を定めて自律的・自主的に業務を遂行し」、事業内容に対応した客観的な指標に対する達成度を数値化したうえで第三者の評価委員によって検討・評価が行なわれ、中期目標期間(現状では5カ年)終了時に、主務大臣(国立美術館では文部科学大臣)に勧告ができることとされている。芦屋市美術館の問題に関しては、上記のような第三者による客観的な評価という視点が抜け落ちたまま遂行されているのではないだろうか。この問題は一地方自治体の問題として等閑視されてはならないはずである。もし、不採算部門という一義的な解釈で各地の美術館施設が次々に休止されるような事態が起きたら、この国の美術というものが資本主義的な論理による一元的で偏向したものによって変容してしまう危険性がある。

 

会期と会場
「榎倉康二展」
会期:2005年1月15日(土)〜3月21日(月・祝)
休館:毎週月曜日(但し3月21日(月・祝)は開館)
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 Tel. 03-5245-4111

●「アルテ・ポーヴェラ」展
会期:2005年3月19日(土)〜6月12日(日)
休館:毎週月曜日
会場:豊田市美術館
愛知県豊田市小坂本町8-5-1 Tel. 0565-34-6610

2005年担当の企画および抱負
 前項からの続きのような話になるが、私自身は勤務する国立国際美術館において本年10月から12月にかけて「もの派-再考-」展を開催する予定である。再考という言葉を付しているのは、これまで語られてきた「もの派」の概念に盲従せずに、改めてその運動体を正面から問い直そうという意図からである。展示構成としては、視覚的にトリッキーな要素を取り入れた作品が注目を集めていた揺籃期、関根伸夫の《位相-大地》(1968)以降に試行された「表現を否定した」いわゆる「もの派」的作品群、そして絵画/彫刻という伝統的な手法との対話を始めたような展開期という三部構成で考えている。
 これまで国内外で開催されてきた「もの派」に関する展覧会では、関根伸夫《位相-大地》(1968)を起点とする作品群を「もの派」の作品として認知してきたといっても良いだろう。その判断自体に疑義を挟むことはない。それでは、その《位相-大地》は、何を背景として生み出されてきたのであろうか。少なくとも、その作品が誕生した当時の美術的な状況を精緻に検証する必要はあるだろう。勿論、「もの派」が、李禹煥のような論理的支柱を中心に、西欧美術の体系に対して根元的かつ徹底的な否定の論理を兼ね備えた芸術運動として展開させていったことを、改めて確認する機会となることも望んでいる。
 最後になるが、2005年1月15日から2月10日にかけて開催される「第11回インド・トリエンナーレ」展の日本側コミッショナーとして選出した4人の作家(吉田暁子、長谷川繁、矢櫃徳三、伊藤存)と共に、年初にニューデリーを訪問する予定である。実のところ、2004年の1月から開催の予定で準備を進めていた事業であったが、インド側の事情により1年延期された国際展であった。しかしながら2004年末に襲ったスマトラ沖大地震による未曾有の大津波の被害が甚大であるインドにおける催しでもあるので、予定通り開催されるか多少不安ではある。実施された際には、あまり知られてないこの展覧会のレポートも行ないたい。

会期と会場
●「もの派-再考-」展
会期:会期:2005年10月25日(火)〜12月18日(日)
休館:毎週月曜日
会場:国立国際美術館
大阪府大阪市北区中之島4-2-55  Tel. 06-6447-4680

プロフィール
1959年生まれ。国立国際美術館主任研究官。中ハシ克シゲ展、西山美なコ展、美術館の遠足(藤本由紀夫)展、ブルリュークと日本の未来派展、パンリアル創世紀展(以上、西宮市大谷記念美術館勤務時)、東島毅展、田中信太郎展、イタリア抽象絵画展等を企画。
[なかい やすゆき]
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