開発ストーリーを語る星 健太郎氏と将来、粘接着フィルムが生かされそうな分野のイメージ画像

未来の産業変革を支える粘接着フィルムを開発

目次

「今後は、溶接できない樹脂などの産業資材が増えてくる。溶接できないところには接着剤が必要になる」
これは、大日本印刷株式会社(DNP)ABセンターの研究者、星健太郎が当時の上司から「粘接着剤」の研究を進めるよう指示された際、かけられた言葉だ。近年でこそ、自動車の軽量化に向けて、従来の金属部材の一部を樹脂に代替する動きが加速しているが、2009年当時、入社3年目だった星には、粘接着剤の市場性など予想すらできなかった。しかし、「新たなテーマの研究に抜擢され、それに応えたいという使命感が身に沁みた」星は、その後、粘接着剤の研究一筋に邁進することになる。

実験後、データの分析に取り組む星

それから10年。星が開発した粘接着剤は、将来の電気自動車の普及、航空機や鉄道車両の軽量化などに眼目を置いたものとなっている。その星が今年、自信を持って世に送り出したのが「ラミボンドテープ」だ。自動車等に使用される樹脂、炭素繊維、金属など、異なる素材を接着させる「DNP粘接着フィルム」の新タイプだ。

粘接着フィルム「ラミボンドテープ」を構成する2タイプのフィルムの層構成図

粘接着フィルム「ラミボンドテープ」の使用方法

表 用途事例と活用シーン
自動車構造部材  電子部材    土木建材 
・CFRP補強材と金属ボディーの接合
(常温で硬化可能なため、熱ひずみを低減)

・樹脂モールの躯体取付け

・フロントガラスとAピラー接合補強
・加熱できないセンサー類の接着


・減磁を気にする永久磁石の固定

・タイル貼り合わせ


・表示板などの固定

粘接着フィルム「ラミボンドテープ」の用途例の画像

2枚のテープを貼るタイプの粘接着剤は他になく(2019年12月現在:DNP調べ)、「ラミボンドテープ」は数々の特許を取得している。溶接できない樹脂成形品の貼り合わせ用に、自動車メーカー等とともに検討を進めているほか、車載以外の用途でも積極的に開発を進めている。すでに「道路標識の接着に」という引き合いもきている。広範囲な用途での適用が可能で、さまざまな課題解決につながるとともに、社内でも「将来の事業の柱のひとつ」との期待が高まっている。

上司からの貴重な言葉

一見、星の研究は単調だ。粘接着剤には、料理の香辛料や調味料のように、さまざまな添加剤を用いる。5〜10種類もの材料の組み合わせや配分を変えて、10日間で100通りほどの実験を行うが、実験方針は「自分の経験、設計への思いが必要で、自分をどれくらい信じられるかにかかっている」という。

引張強度試験機にサンプルを取り付ける星

粘弾性試験機にサンプルを取り付ける星

そんな研究生活を助けたのが、前出の上司からの助言や励ましだった。星が週に数回提出するレポートすべてに、「常に考えろ」「頑張れ」「よくやった」などのコメントをオレンジのマーカーで書いて返してくれた。「すごく手間をかけてコメントをいただいた。一言、一言、心に残っています」と、星は振り返る。

上司からの助言や励ましが書かれたレポートを示しながらその時の様子を語る星

上司との会話の中で最も印象に残っているのは、「最中(もなか)はなぜ半分に割れるか、わかるか?」という問いかけだった。最中の餡は柔らかく、ふたつに割るのは難しいが、「硬い皮にサンドイッチされているから割れる」のだと。上司のこの何気ない言葉に、星はハッとした。「粘接着剤は逆だと思いました。柔らかいものの中に硬いものを入れると壊れなくなる」と。

この発想は、現在の材料設計でも役立っている。「DNP粘接着フィルム」の製品ラインナップには熱硬化タイプもあるが、そのシリーズのひとつである「ラミボンドテープ」の開発にもこの発想が用いられている。異なる部材を接着する時には「応力」による歪みが大きくなるので、フィルムを柔らかくする必要がある。しかし、柔らくすると接着強度が落ちてしまう。「このトレードオフを解決するために、柔らかい樹脂の中に硬い材料を混ざらないように入れています。樹脂の海の中に島があるというイメージです。」

「印刷会社ならでは」の接着剤

粘接着フィルム「ラミボンドテープ」のサンプルを示しながら説明をする星

「なぜ印刷会社が粘接着剤を作るのか」と不思議に思う方も多いかもしれない。しかし、粘接着フィルムの製品群には、DNPが印刷で培ってきた技術やノウハウがふんだんに使われているのだ。
フィルム状の粘接着剤には、印刷の工程でインクなどを薄く均一に塗布する精密塗工技術、特にコーティング技術が大きく寄与している。フィルムがシワにならないよう、高い精度でロール状に製品を作っていくのも、紙の印刷と同じ原理だ。また、粘着・接着用の複数の材料の調合は、インクのそれと似ている。

時間経過に伴う、各接着剤の強度変化イメージを示すグラフ

「私たちが応用・発展させてきた印刷技術は、そのままフィルム状の粘接着剤に活かせます。社内には、例えば、『どうやって材料の反応を進めるか』ということについて、かなり詳しい人がいますので、その技術・ノウハウを聞きに行くことができます。DNPならではの蓄積があるのです。」

粘接着剤の事業を「大樹に」育てたい

「ラミボンドテープ」の2種類のテープの位置を簡単に合わせ、貼り合わせられる道具のモデルを示す星

「DNP粘接着フィルム」のシリーズとして、このほかにも、優れた粘着剤・接着剤の数々が開発されている。例えば、建築・建造物の軽量化にもつながる、「ハニカムサンドイッチパネル」と呼ばれる部材向けに開発した製品だ。これは接着する際に溶けて、蜂の巣のような形状の部材に入り込み、パネル面を均一な厚さで接着する。柔軟性と接着強度を両立させており、航空機や鉄道車両等のパネルでの採用を目指している。さらに、防災・減災に役立つよう、コンクリートの剥落を予防する応急処置材の開発にも取り組んだ。

一方、課題も残されている。「ラミボンドテープ」は現状、2種類のテープを貼る必要があるので、この2枚の位置を簡単に合わせられる道具を開発中だ。また、現在は汎用的な接着剤のレベルにとどまる接着強度を、航空機等の構造用部材の接着にも使えるよう、2〜3倍に高めるのが命題であり、日々、改良を重ねている。

ハニカムサンドイッチパネルとそれに「ラミボンドテープ」を貼った状態のサンプル画像

ハニカムサンドイッチパネル

車体の軽量化・異種材料の構造接着に生かされる場合の車、飛行機、鉄道車両の部分のイメージ図とハニカムサンドイッチパネルとCFRPを粘接着フィルムで接着した場合の断面の模式図

今後の取り組みについて語る星

星は、「何年も前から技術の種を蒔いてきて、それが少しずつ芽を出している。それを枯らさないように、大樹に育てていかなければならない」と、粘接着材の事業拡大に意欲を見せる。また、この製品群と相性が良いDNPの製品・サービスとの強みの掛け合わせ、コラボレーションも視野に入れている。
日々実験に明け暮れて、さらに続きの実験を早くしたくて翌日を心待ちにするという星も、休日はすっかり切り替えてテニスに興じるほか、妻と息子、猫3匹と暮らすログハウスから、庭の芝生や夏みかんなどの植栽を眺める。日々の疲れが癒される瞬間だ。

※公開日:2019年12月13日
※部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。