チームメンバーと打ち合わせをする笠原

DNPのプロダクト開発を革新する! アジャイル開発推進チームの挑戦

生活者や社会のニーズが目まぐるしく変わる現在、変化に柔軟に対応できるプロダクト開発の手法として浸透している「アジャイル開発」。DNPは2019年、情報イノベーション事業部にアジャイル開発推進グループを発足し、アジャイル開発を用いた新規事業開発、企業・生活者等の課題解決に取り組んでいる。その背景にある課題や工夫について、このグループでリーダーを務める笠原邦彦に話を聞いた。

目次

笑顔の立ち姿 笠原・プロフィール画像

笠原邦彦(かさはら・くにひこ)

大日本印刷株式会社
情報イノベーション事業部
ICTセンターシステムプラットフォーム開発本部

変化が激しく、先の読めない時代に高まるアジャイル開発の真価

2015年頃、国内外のベンチャー企業がネットワークを活用した新たなビジネスを打ち出していく中で、Webサービスやスマートフォンアプリなどのプロダクト開発を担当していた笠原は、企画・設計等の“上流”から開発・運用等の“下流”に一方通行で流れる「ウォーターフォール型」の開発に限界を感じるようになったと振り返る。

「新規事業開発のニーズが特に高まっていた当時、私の周辺でもWebサービスやスマートフォンアプリの開発の現場でいろいろなブロジェクトが立ち上っていました。ところが、高いモチベーションをもって取り組んだにもかかわらず収益が上がらないなど、成功事例が増えていかない。

生活者のニーズに合ったものをよりタイムリーに生み出すには、プロセス自体を見直す必要があるという声が現場から出るようになっていました。」

そこで笠原が所属する事業部では、自らの “常識”を疑い、開発プロセスを再構築するという決断を下す。2015年に笠原を含めた6名のエンジニアによるプロジェクトチームを設置。そこでさまざまな可能性を模索する中で浮かび上がってきたのが、「アジャイル開発」というキーワードだった。

「DNPはどちらかと言うと、顧客企業の要望に沿って計画通りに進めていくことは得意です。しかし、近年は変化のスピードが早く、生活者のニーズも多様化しているため、あらかじめ計画をしっかりと立ててサービス内容を検討し、専用のプロダクトを開発しても、リリース時にはユーザーがいないというケースがあります。

“生活者にとって本当に役立つものは何か”を見極め、ミニマムスタートでサービスを提供し、価値仮説の検証を繰り返すアジャイル開発にこそ、取り組む必要があると考えました。」

椅子に座り、インタビューに答える笠原

この「アジャイル開発」とは、「agile(アジャイル)=素早い・俊敏な」という言葉の意味の通り、サービスの構築を小さな単位に切り分け、ユーザーの価値仮説定義〜開発〜リリース〜仮説検証を繰り返していく手法を指す。

まず全体設計を詳細に詰めてからスタートする従来型の「ウォーターフォール開発」が有効なシーンもある一方、生活者や社会の変化が著しい近年は特に、ユーザーのニーズに応じた仕様変更にも柔軟に対応でき、結果的に短期間でユーザーに価値を提供できる「アジャイル開発」が注目されている。

ウォーターフォール開発とアジャイル開発の違い

ウォーターフォール開発とアジャイル開発の違いを表組みにして紹介

  • スケジュールやコストの管理を安定的に行える「ウォーターフォール開発」に対し、小さなサイクルで進めることで検証とフィードバックを繰り返せる「アジャイル開発」。それぞれにメリット・デメリットがある。

もともとアジャイル開発は、2000年代初頭のアメリカで、小規模なソフトウェア開発の現場から生まれた手法。多くのスタッフや部署が関わる大規模プロジェクトではマネジメントが難しいという側面もあり、これまで国内での大規模な案件に携わる企業では普及していなかった。笠原たちの取組みは、そうした“常識”を打ち破る挑戦でもあった。

アジャイル開発という“異物”を飲み込むチャレンジ

2019年、正式にアジャイル開発推進グループが発足。笠原らは「アジャイル開発を社内に浸透させて、実践できるようにすること」をミッションに掲げた。新規事業開発やそれに伴うプロダクト開発を行う際は、サポートメンバーとして参加しつつ、「教育」「実践」「環境」「組織」の4つの柱で浸透活動を推進していった。中でも力を入れたのが「教育」に関する取組みだ。

「初めの頃、アジャイル開発という言葉は知っていても『難しそう』『エンジニア領域の話では?』といった印象を持つ社員が少なくありませんでした。

DNPには多彩な人材やノウハウがあるのに、限られた人々や事業分野にしかアジャイル開発を活かせないのはもったいないと考えました。そこで、事業部門や職種を越えて、なるべく幅広い層の社員を対象に、セミナーやイベントの開催、マニュアルの作成などを進めました。

アジャイル体験会ワークショップで活用が広がるDNPアジャイルボードゲーム

2022年には、楽しみながらアジャイル開発を理解できるボードゲームを作ったメンバーも現れたりしました(笑)。このボードゲームは、社外向けのイベントでも大反響でした。(※1)」』

また、実際のプロジェクトにアジャイル開発を組み込んでいくには、マネジメント層を含めた全社的な浸透が不可欠だ。

「アジャイル開発に関するコンサルティングやコーチングを行っている有識者を招いて経営層・マネジメント層向けの研修を開いたり、アジャイル開発を実践するにあたり十分なスクラム(アジャイル開発の一つのフレームワーク)の知識を有していることを証明するScrum Allianceの資格取得を社員に推奨したりしました(※2)」

  • 2:2023年2月末現在で、311名が資格を取得している。

一方、徐々に笠原たちの存在が社内で認知され、さまざまな案件で協力を求められることが増える中で、関係者による“誤解”が、アジャイル開発の効果を阻害することにも気づいた。

「アジャイル開発を『早く、安くできる』『要件を決めなくても開発できる』ものと捉える人が社内外に見られるようになりましたが、これは大きな誤解です。

アジャイル開発は少なくとも1〜2週間に一度は『この部分ができました。どうですか?』とフィードバックを行い、軌道修正していき、プロジェクトの成功確度をあげるもの。関わるメンバーが一つのチームになり、コミュニケーションを密に取りながら、ひとつひとつ仮説を事実にしながら進めていくため、結果的にウォーターフォール開発よりも時間や予算がかかることもあります。

アジャイル開発のプロジェクトに着手するにあたり、まずこの共通認識を持ってもらえるよう気をつけています。」

成功体験と失敗体験、その両者が力になる

さまざまな活動を展開するなか、アジャイル開発の実績も数多く生まれている。その一つが、「DNPアスリート支援プラットフォーム CHEER-FULL STADIUM チアスタ!(※2)」だ。

同サービスは、生活者がサポーターとなって、アスリートが投稿する日々の活動や試合・イベントの告知などをチェックしたり、デジタル応援幕で応援の声を届けたりできるというもの。応援幕を制作する際に購入したパーツの金額の一部は、アスリートの活動資金に還元される。

  • 2 DNPアスリート支援プラットフォーム CHEER-FULL STADIUM チアスタ!は、2024年1月15にサービスを終了しました。

チアスタ サイト画面

「DNPアスリート支援プラットフォーム CHEER-FULL STADIUM チアスタ!」(2024年1月15日にサービスを終了しました。)

新規事業開発を目的にした情報イノベーション事業部のコンテストで生まれた「生活者自身がスポンサーとなって、アスリートを気軽に応援できる仕組みがあったら」というアイデアをもとに、社内プロジェクトの成果として開発が始まり、2021年7月にリリースされた。

「当初は2021年のオリンピック・パラリンピック東京大会に間に合わせようとしており、着手からの時間が圧倒的に少ない状況でした。その中でまず取り組んだのが、情報共有の徹底です。サービスの狙いや方向性などの基本的なことをしっかりと共有した上で、日々刻々と変わる状況も共有することで、それぞれの立場でやるべきことを明確化し、時間を効率的に使うことができました。」

次に大切だったのが、関係者にヒアリングして、やるべきことの優先順位をつける作業だ。アスリートやユーザーへの聞き取りや検証をほぼ毎日のように実施した。

「ヒアリングはアジャイル開発の生命線ともいうべきプロセスなので、特に力を入れました。『自分のトレーニングや活動を深く伝えたい』というアスリートの声をもとに、動画を投稿できる機能を開発したり、開発者の目の前でユーザーに会員登録フォームに入力してもらい、そのリアクションをもとにインターフェースを改善していったりと、さまざまな部分で精度を上げる効果が得られました。」

このサービスは2023年1月現在、約200名のアスリートと、15,000名以上の会員が登録・利用しており、各種スポーツイベントでのコラボ企画も実現できるようなサービスへと成長する。

「開発着手から短期間ながら、ユーザーが求めるサービスに最小限に仕上げることができたのが、成功のポイントだったと思います。サービス公開後に改善したり、新規機能を追加したりといった柔軟な対応が取れたのも、アジャイル開発の成果だと思います。こうした成功体験を積み重ねていけたことは、社内でアジャイル開発を普及させる追い風になりました。」

一方、事業化につながらなかったケースもある。賃貸不動産向けに、スマートフォンのアプリで南京錠を解錠するサービスを開発するプロジェクトでは、プロトタイプを作成してテストしてもらった段階で撤退を決断したと言う。

「現場でのテストやインタビューの結果、空き部屋の仲介業者の方は想像以上にいろんな方がおり、全員の業務用スマートフォンにアプリをインストールして、解錠時にスマートフォンで操作してもらうことが現実的でないことがわかりました。試してみることで早期に撤退の判断ができ、プロジェクト全体の予算を圧縮できたことも、アジャイル開発のメリットだと思います。これがもしウォーターフォール開発であれば、最終的に“誰も求めていないプロダクト”ができていたかもしれません。」

失敗も大事な知見の一つであるという考えから、社内セミナーなどではこうした事例も隠すことなく伝えている。

DNPだからこそ描き出せる、アジャイル開発の新たな地平

インタビューに答える笠原

これまでの挑戦を振り返り、笠原は「社内の雰囲気が少し変わってきました」と語る。

「何より、プロダクト開発チームのエンジニアたちなどに、より強い主体性が生まれたことが大きな変化です。指示通りにつくるだけでなく、パートナーとして要件定義から関わる姿勢が強く見られるようになりました。本人たちからも『利用者の声をダイレクトに聞けてうれしい』『関わることの範囲が広く、スキルの向上を感じる』といった声が出ています。」

また、成功・失敗を問わず積極的に情報発信したり、そうした情報の発信者に対してチームの全員で称賛や感謝の気持ちを伝えたりすることも、社内の意識を高める上で効果的だった。

「“自分の体験は他者の糧となる”というポジティブな空気が生まれつつあります。こうした環境は、トライ&エラーを繰り返し、継続して開発を進めることが重要なアジャイル開発にとって何よりの財産。現在の浸透度は、“開発関連部門でまだ5割”といったところですが、今後はその他の部門や社外のパートナーまで巻き込み、さらに大きなムーブメントにしていきたいです。」

笠原は最後に、DNPにおけるアジャイル開発推進の意義について次のように語った。

「この活動を始めた当初、取引先から『DNPみたいな大きな会社は、アジャイル開発に向いていないのでは』とよく言われました。でも、私の印象は逆です。

DNPには情報コミュニケーション、生活・産業、エレクトロニクスという幅広い事業部門があり、それぞれに営業、企画、製造のプロフェッショナルがいる。多様な社員の知見を融合することで、顧客企業や生活者の想像をも超える新たな価値を生み出せるはず。つまり、DNPほどアジャイル開発の可能性を引き出せる環境はないと、私は確信しています。まだ道は半ばですが、そんな夢を描いて日々取り組んでいきます。」

アジャイル開発推進グループ とは

メンバー4人が椅子に座っているプロフィール用の写真
写真は左から、加藤輝実、土居隆昌、笠原邦彦、鶴岡賢紀。

2019年から、全社に向けたアジャイル開発の促進に取り組む。新製品・新サービス・新規事業の開発におけるアジャイル開発の促進のほか、アジャイルに関する知識の発信、開発チーム立ち上げ時のコーチング、アジャイル開発に必要なツールの整備などを推進。アジャイル開発の環境を整え、DNPグループの全員がウォーターフォール型とアジャイル型の双方のメリットを理解したうえで、アジャイル開発を行うことを目的に活動している。

現在、アジャイルの推進活動には他部門を含む30名ほどのメンバーが参画しており、社内イントラを使ったコミュニティのメンバーが560名を超えるなど、アジャイル開発を用いた事業開発・課題解決の動きは全社に広がりつつある。

  • 記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。