市谷の杜

第43回「緑の都市賞」受賞。社員自らの手で守り育ててきた「市谷の杜」

2023年10月、DNPが「都市における新しい森づくり」として育成している「市谷の杜」(いちがやのもり)が、第43回「緑の都市賞」(※1)の「国土交通大臣賞」を受賞しました。誕生から約8年が経過し、いまでは地域の方々の憩いの場としても親しまれている「市谷の杜」は、どのように生まれ、どのように育まれてきたのか。これまでの歩みをご紹介します。

目次

都市における緑地創出の成功事例として評価

東京都新宿区にあるDNPの社屋を囲むように広がる「市谷の杜」は、この地域固有の樹木や草花からなる、自然の植生に近い緑地です。2015年に最初のエリアが誕生してから段階的に範囲を広げ、現在(2024年3月)は全体計画で予定している面積約2万㎡のうち約1万5000㎡の緑地が完成。社員が行き交うだけでなく、地域の皆さんの散歩コースとしても利用されるなど、都市部で自然を感じられる場所として親しまれています。

この「市谷の杜」が2023年10月、公益財団法人都市緑化機構が主催する第43回「緑の都市賞」の「国土交通大臣賞(緑の事業活動部門)」を受賞しました。この賞は、明日の緑豊かな都市づくり・まちづくりをめざし、緑の保全・創出で卓越した成果を上げている市民活動団体・企業等・公共団体を顕彰するものです。都市の緑化推進と緑の保全による快適で地球にやさしい生活環境を創出することを目的として、1981年に創設されました。

DNPで「市谷の杜」プロジェクトに長く関わってきた鈴木由香は、「『緑の都市賞』は緑豊かな都市づくりの実績を評価する権威ある賞です。当初から“地域にどう貢献できるか”が念頭にあったので、目標としていた賞でもあります。今回、高い評価をいただいて関係者一同たいへん喜んでいます」と語ります。

「市谷の杜」プロジェクトの概要

本社があるDNPの東京・市谷地区の再開発の一環として、人工地盤上の有効空地(都市の環境改善や防災に関して有効とされる空地)で「都市における新しい森づくり」を実現するプロジェクト。かつてこの地にあった武蔵野の雑木林をイメージした多様性あふれる自然の森をめざし、落葉広葉樹を中心に常緑樹を織り交ぜた関東近県の地域性在来種で構成しています。専門家による管理に加え、社員が日常的な観察や維持管理を進めており、植栽管理の適正化や効率化、課題の発見と解決に役立てています。

市谷の杜全景

※関連記事=都市における新しい森づくり。「市谷の杜」プロジェクト(2018年12月公開)
https://www.dnp.co.jp/media/detail/1190708_1563.html

社員の気づきを蓄積し、杜を育てていく

今回の「緑の都市賞」においては、人工地盤上を肥沃な土壌で緑化している点、長期的な視点で計画している点、そして社員自らが積極的に観察・維持管理している点などが高く評価されました。

これらの特長の背景には、プロジェクト開始時のコンセプトでもある“長く地域の方々に愛される自然の森をつくりたい”という想いがあります。

(写真左から)ファシリティマネジメント推進部 上條 芳樹、六本木 聡、サステナビリティ推進委員会事務局 副局長 鈴木 由香、ファシリティマネジメント推進部 加納 昌

例えば、できる限り自然の森に近づけるため、武蔵野の雑木林をイメージして地域在来種を中心に植栽。また、人工地盤上では、一般的な人工軽量土だけでなく、樹木がしっかりと根を張れるよう、自然土を採用しています。土壌底盤は土の重さに耐えられるように十分な強度を持たせるとともに、排水・給水機能や通気性も確保し、人工地盤上でも樹木が育つ環境をつくり上げています。

技術面や計画面の工夫以上に重視したのが、DNPの社員自らが積極的に維持管理に関わるスタンスです。鈴木は「長期的なプロジェクトだからこそ、社外の業者に任せるだけではなく、自分たち自身が寄り添っていかなければと考えました。とはいえ、スタートした頃はまったくの素人ばかりでしたので、毎日が驚きと発見の連続。とにかく記録し、次に活かす。その繰り返しでした」と振り返ります。

日々のメンテナンスにあたっているのは、ファシリティマネジメント推進部の3名です。各メンバーは、目にした森の変化や成長の様子を「気づき記録」としてまとめており、外来種や害虫の発生といった突発事案の対応に役立てたり、次の育成プランの参考にしたりしています。初めは素人同然で「白い花が咲いた」と書き留めるのが精一杯でしたが、しだいに花の名前や開花期間、育成上の注意点などへの理解が深まり、最近では「この緑地の植生については、あなたたちのほうが詳しい」と、調査に訪れる専門家に言われるほどに。森の成長とともに人が成長しているのも、この8年間の成果です。

これまでの歩みについてメンバーの上條芳樹は、「緑化において正解はないというのが率直な感想です。植生、土壌、気象条件などさまざまな要素が絡み合って変化していく森の姿に、自然に寄り添うことの難しさを感じる一方、大きなやりがいも感じています。トライ&エラーの日々ですが、ノウハウを培って蓄積することで、次の世代にバトンをつなげていきたいと思います」と語ります。

またDNPは、多くの市民の生活圏と近い都市における森であることを踏まえ、地域の方々の安全・安心を守る視点も大切にしています。単に自然な成長に任せるのではなく、台風や大雨の後で折れた枝が散策路に落ちていないか見回ったり、通行を妨げるような枝や雑草を剪定したりといった手入れが欠かせません。六本木聡は、「最も気をつけなければいけないのは、安全・安心な森であること。そのうえで、手を入れすぎると自然ではなくなってしまうので、“周囲と調和しているか”を大事にしています」と説明します。

“つくる”のではなく“守り育てる”という思い

2023年時点で、計画の約7割の緑化が完了した「市谷の杜」プロジェクト。当初植栽しなかったタラノキやフキノトウなどが自生するといった想定外の変化も生まれ、より自然な森へと進化しています。加納昌によると、「最近は散歩している方に『素敵な森をつくってくれてありがとう』と声をかけていただくこともある」など、この森は地域社会に根ざしつつあるようです。

プロジェクトの当初から関わってきた鈴木は、今後について次のように語ります。

「これまでの8年間の歩みで感じるのは、私たちが森をつくるというより、自然が命を育む力をいかに損なわず手助けをするのかが問われるということ。その意味で、社員自らが積極的に維持管理に関わり、ノウハウを蓄積できる体制にした判断は間違っていなかったと思います。これからも地域の皆様に愛され続ける、DNPの“成長するモニュメント”として、大切に守り育てていきたいですね。」

四季折々のさまざまな花が咲き誇り、草木が芽吹き、鳥や虫たちが息づく「市谷の杜」は、今日この日も成長し続けています。

「市谷の杜」イラストマップ

市谷の杜MAP



①人工地盤上の緑地
樹木がしっかりと根を張れる土壌をつくるため、土の被り厚を1.5m以上確保。土の重さに耐えられるように土壌の底はしっかりと強度を確保し、雨水が排水できる措置をしています。



②武蔵野の雑木林を再現
2015年には、20種以上の高木、70種以上の低木、下草など地域固有の在来種を選び、自然界と同様の起伏に合わせて植栽しました。現在(2024年3月)まで、平均すると1年間で約1.3m樹高が伸びており、最大で4m伸びた木も。



③見通しの良い散策路
近隣住民の憩いの場や、近隣保育園の児童たちの散歩コースとなっています。人の通行が多い場所は見通しや安全性の確保が重要であるため、視界を遮る高さの“葉張り”は避けています。また、敷地内には防犯カメラを装備したスーパー防犯灯を設置しています。



④自生したクサギ
DNPが植栽していないクサギが自生し、2022年夏に初めて開花しました。
このほか、タラノキやフキノトウの自生も確認できています。



⑤コナラ
来訪者が往来するエントランス付近には、爽やかで明るいコナラ林を配置。
春先の新緑が見どころです。



⑥ススキ
DNP市谷加賀町第2ビルの正面ほか、いくつかのエリアに、武蔵野の森を再現する重要な種の一つ、ススキを配しています。



⑦野鳥の営巣
敷地内の複数の場所でヒヨドリやキジバト、ドバトなどが営巣しており、この地で羽化した雛鳥が確認されています。



⑧緑地から排出されたものは緑地に返す
落ち葉や小枝は緑地内に乱積みし、舗装面から集めたものはコンポスト(堆肥をつくる容器)に集積。緑地内の植物サイクルの形成をめざしています。

四季のアルバム

ヤマツツジ

メジロ

アオスジアゲハ

リョウブ

ヤマトタマムシ

タラノキ

アカシデ

赤とんぼ

ホトトギス

アカマツ

ツワブキ

ヤツデ

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