ノーベル化学賞の吉野彰LIBTEC理事長(旭化成名誉フェロー)

ノーベル化学賞の吉野彰理事長に訊く【前編】環境問題をリチウムイオン電池が解決?!

世界を変えたリチウムイオン電池開発の功績が認められ、2019年にノーベル化学賞を受賞したLIBTECの吉野彰理事長(旭化成名誉フェロー)。日本人として27人目(アメリカ国籍取得者含む)のノーベル賞受賞者となりました。 授賞式の会見で、「リチウムイオン電池が環境問題へのソリューションを示す」と発言された吉野理事長に、その言葉の背景や地球環境問題への解決策、電池の今後の可能性、さらに現在開発を進めている次世代電池の全固体電池、開発拠点であるLIBTECとDNPの関係など、お忙しいところたっぷり100分(!)お話をうかがいました。

目次

技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC) 吉野彰理事長

技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC)
吉野 彰理事長


1948年生まれ。
京都大学大学院工学研究科修士課程修了、大阪大学大学院工学研究科博士(工学)取得。
1972年旭化成株式会社に入社後、技術畑を歩み、ガラス接着性フィルム、リチウムイオン電池などの研究開発に携わる。
2010年より現職。2017年より旭化成名誉フェロー。
2004年リチウムイオン二次電池開発の功績により紫綬褒章、2019年ノーベル化学賞、文化功労者および文化勲章受章。
著書に「リチウムイオン電池物語」(シーエムシー出版、2004)、「電池が起こすエネルギー革命」(NHK出版、2017)などがある。

これからの製品づくりには、利便性よりも環境対策の視点が必要

Q :吉野理事長の研究は、地球温暖化問題の解決にもつながるといわれています。2020年1月には、脱炭素社会に向けた研究機関「ゼロエミッション国際共同研究センター」のセンター長にも就任されました。そこで、環境問題の解決についてのお考えをお聞かせいただけますか。


吉野:これまでの技術は、使うと「便利になる」ことで普及してきました。たとえば、かつて電気洗濯機が発売されたときには、これで冷たい井戸水を使うことも洗濯板でごしごし洗うこともしなくていいと拍手喝采で受け入れられ、誰もがそれを手に入れようとしました。

しかし、あらゆる製品の高性能化・多機能化が進み、ひと通りのことが満たされた現代では、AIやIoTなどの最新技術で「便利になる」と聞かされても、さほど心は浮き立ちません。多くの人が今のスマートフォンでも十分便利だと感じているくらいですから。

スウェーデンのカール16世グスタフ国王(右)からノーベル化学賞のメダルと賞状を授与される吉野理事長(左)(写真:共同通信社)

これから人々に望まれる製品をつくるには、企業も利便性を追求するだけではなく、それ以外の理由を付加する必要があります。私は「環境問題対策に貢献する」ということが重要なキーワードだと思っています。

産業革命以降急激にCO2濃度が上がっているのは事実で、地球が20億年かけて作った化石燃料を人間が数百年で使い尽くしてしまうというのは大変なことです。

幸い、現在世界中で地球温暖化対策や環境負荷低減への意識が高まっていて、生活者も環境対策のマインドを持つようになりました。利便性に加えて環境にも優しいことが大切で、さらに価格が安くなれば売れる製品となるでしょう。

利便性・環境性・経済性の3つのバランスを取りつつ、企業も環境への取り組みを示す必要があります。

AIやIoTは、今まで不可能だったシェアリングエコノミー(共有型経済)を実現する、まさに環境を守るために生まれてきた技術だと思っています。環境に配慮した電気自動車(EV)も少しずつ浸透しつつありますよね。


Q :ガソリン車がすべてEVに置き換わっていくのは、可能なのでしょうか。なかなかイメージしにくいようにも感じます。


吉野:今走っている自動車が100%EVになることはないでしょう。私は無人自動運転を行うAI搭載の電気自動車(AIEV)がシェアリング専用車として普及していくのではないかと思っています。

こうなると、自動車産業も大きく変わるでしょうね。グーグルがアンドロイドOSを開発して無償提供し、世界のOS市場の約75%のシェアを獲得したように、AIEVも無償供与されていくのではないでしょうか。

車を売るのではなく、モビリティをどう考え、どういうビジネスを行っていくかが重要です。


Q :AIEVの開発・普及に向けて、搭載する電池に求められる条件も変わるでしょうか。


吉野:たとえば今は、運転する人間の事情に合わせるためにも急速充電が必要だと言われています。それがAIによる自動運転となれば、充電が必要なタイミングや効率よいスケジュールはAIが予測しますから、充電のスピードは問われなくなるでしょう。

IoTや5Gで車同士が通信しあいますから、もし電池切れを起こしても代車の準備も万全にできます。

技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC) 吉野彰理事長

また、シェアするのでコストをあまり考えなくてよく、むしろ稼働率が上がるので「耐久性」が重要になるでしょう。

10人でシェアするなら、個人の費用負担が10分の1になるのと同時に、車1台に対しては「10倍働くのだから、10倍長持ちする電池が必要」というわけですね。そのような動向も考えながら、次の電池のあり方を考えています。

リチウムイオン電池はエネルギー革命を起こし、持続可能な社会の実現に貢献する

Q :あらためて、リチウムイオン電池はどのようなもので、何が優れているのでしょうか。


吉野:充電して再使用が可能であり、さらに電解液を工夫することで小型化・軽量化を実現したものです。皆さんにもっとも身近なものは携帯電話やスマートフォン、ノートパソコンなどのモバイルバッテリーでしょう。

私がリチウムイオン電池の研究開発に取り組み始めた1981年には、このようなモバイルIT機器の普及は想像すらできませんでした。インターネットの普及が始まった1995年以降は特に、IT革命によって世界が大きく変わり、モバイルIT機器用に、長持ちする小型バッテリーが必須となりました。以来、リチウムイオン電池が時代を支えることとなったのです。

また、今後もっとも期待されているのが、電気自動車の動力源という用途です。これは環境・エネルギーというフィールドでの変革、いわば電池が起こすエネルギー革命ともいうべき潮流において、持続可能な社会の実現に大いに貢献するものとなるはずです。


Q :リチウムイオン電池のEVへの普及は、どれほど進んでいるのでしょうか。


吉野:実はリチウムイオン電池の使用用途は、2018年の時点でモバイルIT機器向けの需要に比べ、EV向けの需要が逆転して上回っています。

また、各メーカーは5年先くらいまで、使用する電池の計画を策定しており、2025年にはEV向けがモバイル向けの10倍近くになると試算できます。

それでも2025年時点で新車販売台数に占めるEVの割合は15%程度で、残り85%は従来のガソリン車、ディーゼル車と見られています。

大きく世界が変わるのは2025年以降でしょう。より実用的になったAIやIoTなどの技術と融合して、無人での自動運転が可能となるAIEVが、がらりと世界観を変えてしまうことでしょう。

AIEVはシェアリングエコノミーを加速させる

Q :AIEVによって、どのような変化が期待されるのでしょうか。


吉野:シェアリングが日常化すると期待しています。人間が運転しなくなることでマイカーという概念がなくなり、ある人が必要とするときに自動的に車のほうがやってくる、そんなイメージですね。

そうなると、AIEV自体が製造コストのかかる高価なものであったとしても、大人数でシェアするので個人の費用負担は大きく軽減されることとなります。過疎地などの交通インフラとしても期待できるでしょう。

ストックホルム大学で受賞記念講演をする吉野理事長(写真:共同通信社)

また、蓄電システムとしても期待されます。火力発電に頼らない再生可能エネルギーを社会で活用していくには蓄電システムが重要ですが、街中にあるAIEV自体が活用できれば、大掛かりなインフラ投資は不要となります。

大人数で使用するという意味のシェアリングに加えて、用途としても移動手段だけでなく蓄電にも活用していくという、これもある意味でのシェアリングといえるでしょう。


Q :作ったものをフル稼働させることで、環境と経済にもプラスになりそうです。


吉野:人類が作ってきたものの中には、稼働率のよろしくないものもあります。

たとえば太陽電池がその一例です。1日のうち発電して働くのは8時間程度で、あとの16時間は遊んでしまっています。

そこで発想を転換し、通常はルーフトップの太陽電池は設置しない豪雪地帯などで、昼間に発電した電気を夜間に流し、雪を溶かして雪下ろしを不要にするといった研究も進められています。

新しい技術を普及させたいけれど、費用がネックとなるような場合には、製造コストを2分の1にするのは困難でも、使用法や概念などの発想を転換させることで2倍の価値創出ができれば、投資対効果も見合うものとなるでしょう。

2025年以降、世界が大きく変わり、新しい産業が生まれる

Q :今後、リチウムイオン電池や世界はどのようになっていくとお考えですか。


吉野:2025年まではリチウムイオン電池も現在の計画通りに普及していくと思いますが、その先はまったく違う世界になって、電池の特性も違うものが求められるようになると思います。

実際、現在でもリチウムイオン電池の開発を始めた1980年代には想像もできなかった世界が広がっているわけです。5年後、10年後には、今の我々の想像からはありえないような世界が実現するのではないでしょうか。

そのときには今のGAFAのような、世界を制覇するぐらいの新たな企業、新たな産業が出てくると思います。それが日本から生まれてほしいですね。


Q :新しい時代に立ち向かう若者に、アドバイスをお願いします。


吉野:世界が大きく変わる節目が近づいていますので、若い人にとっては絶好のチャンスだと思います。そのチャンスをものにするためには、未来を見据えて自分の能力を磨いておく必要があります。

私がよく若者に言っているのは、35歳の自分に投資しなさい、ということ。

35歳前後というのはある程度知識がつき、権限がもてる年齢です。歴代のノーベル賞受賞者が受賞対象となった研究を始めた年齢は平均36.8歳とのことで、私の場合も33歳でした。

35歳ぐらいに大きな仕事を始められるように、それに向けて何を勉強すればいいのかを、押しつけではなく自分で考えて実行する。しっかりとゴールを設定すれば、あとはあきらめずに頑張るだけ。

このように、人生は節目を設定して行動するのが良いと思います。

技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC) 吉野彰理事長

後編では、現在開発を進めている次世代電池の全固体電池や、開発拠点であるLIBTECとDNPの関係などについてお話をうかがいます。

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