ホログラム動画開発の夢を追い続けて

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1977年に公開されて大ヒットした「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」の中に、宇宙船整備用ロボットのR2-D2が、レイア姫の3Dホログラム映像を何もない空間に映し出すシーンがある。主人公のルーク・スカイウォーカーの師でジェダイの騎士、オビ=ワン・ケノービにレイア姫が助けを求める場面だが、ゆらゆらと儚げに、半透明に浮かび上がる三次元の映像が印象的だ。

映画の公開から40年が経つが、現在もレイア姫のこのシーンから研究のインスピレーションを受け続けているのが、大日本印刷株式会社(以下DNP)のエンボス型ホログラム 研究の第一人者、北村満である。

「最終的な目標は、レイア姫のように動くホログラム映像を開発すること」ときっぱり語る北村だが、その実現までは長い道のりが予想される。それでも、「突破口を開くには、目標を高く掲げなければ」と、実現への意欲をのぞかせる。

ホログラムは、特殊なメガネを装着しなくても、リアルなモノやCGの画像を立体的に見ることができる。過去20年間で技術が飛躍的に進歩したのにともなって、より洗練された、より色鮮やかなホログラム製品が登場してきたものの、満足のいく品質の"動くホログラム"は映画の世界にとどまり、実世界では開発に到っていない。

10代で出会ったホログラムの衝撃

北村のホログラムとの出会いは、中学生時代にさかのぼる。「ナショナルジオグラフィック」の1984年3月号の表紙を飾ったホログラムがそれで、虹色に輝く、今にも飛び出してきそうな鷲の立体像に衝撃を受けた。

12年後、慶應義塾大学大学院を経て入社したDNPを選んだ理由は、「デジタル画像処理に関わりたい」というものだった。北村は入社早々、CGからホログラムを作成する計算機合成ホログラムのソフトウェア開発を任されることになった。中学生の時、衝撃を受けたホログラムとの再会だった。当時DNPは、「立体の絵が並んで見える程度」のホログラムのサンプル作成に成功していたが、「とても製品として売れるレベルではなかった」という。

開発の最大の障害は、小さいホログラム用でも5~10ギガバイトにも及ぶ、三次元データの大きさだった。3センチ角の小さなものでも、数十億画素のデータが必要になる。当時、パソコンのハードディスクの容量が200メガバイト程度しかなく、研究開発は困難を極めた。

しかし、ほどなくDNPの他分野の技術に助けられることになる。DNPは当時、半導体の製造に欠かせないフォトマスクを造る技術をすでに確立しており、その製造過程で膨大なデータ処理を行っていた。北村はこのことを知るや、すぐさまその技術を応用した。「それができる会社って、すごいですよね」と思わず口にしたが、その言葉に誇張は感じられない。

7年の研究の末、バーチャグラム®を完成

バーチャグラム®の変遷

ソフトウェアの開発は7年に及んだ。開発が「上手くいきそうだ」と感じたのは、開始から4年後。その後の3年は、工場で安定的にホログラムを製造できる体制づくりに時間を費やした。「プログラムの話ですから、不具合を見つけるのは本当に根気のいる作業」と言うが、もともと根気強い性格だ。会社の理解やバックアップもあって研究を続け、2003年に、立体CGデータから作成するフルカラーのエンボス型ホログラム「バーチャグラム®」を市場に出した。「バーチャグラム®の新聞記事を目にした時は、ほんとうに幸せだった」と北村は言う。

2011年には、バーチャグラム®の技術も改良され、CGのデータから、高品質でフルカラーのエンボス型ホログラムを低価格で量産できるようになっている。

市場での優位性

バーチャグラム®の使用例

DNPのホログラムは、クレジットカードや商品券、パッケージ、偽造防止のための高いセキュリティが求められる製品などに使用されている。エンボス型ホログラムの製造には競合他社が数多く存在するが、その中でも、DNPの技術力は高い評価を受けている。開発の歴史も長く、ハンガリー系英国人物理学者、デニス・ガボールがホログラム技術でノーベル賞を受賞した翌年の1972年には、すでに研究を始めていた。

バーチャグラム®以前、ホログラムを作成するプロセスは次のようなものだった。

  • まず1本のレーザー光を2本に分ける。
  • 1本は被写体に照射し、その反射光をホログラム乾板に照射(記録)する。
  • もう1本は被写体ではなく、直接、ホログラム乾板に照射する。
  • 2本のレーザー光は異なる経路を進み、干渉縞を形成するため、これが対象物の基本的な三次元画像データの構成要素となる。

これに対してDNPは、バーチャグラム®の技術開発によって、レーザー光を使わずに、必要なデータを材料表面に描画することができるようになった。

終わることのない研究開発

北村満

北村にとって、ホログラム動画の開発は究極の目標だが、目の前の課題にもチャレンジしなければならない。その最大のものが、エンボス型ホログラムより発色性や立体感で優位性の高いリップマン型ホログラムとの差を埋めることだ。

「リップマン型が水平方向と垂直方向の両方で立体視の効果があるのに対し、エンボス型は水平方向しかない。それに加え、色も鮮やかで自然な色ではなく、虹色に滲んでしまう」。こうした課題を克服することで、バーチャグラム®の技術はまだまだ進化すると、北村は構想している。

  • 公開日: 2016年11月30日
  • バーチャグラム®は、大日本印刷の登録商標です。
  • 部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。