移転後初の展示_データベース展

グラフィックデザインの今を切り取る“オルタナティブな視点” 京都dddギャラリーが新天地で見据える未来とは?

1991年、大阪・堂島に「DNP Duo Dojima」として誕生した「ddd」。国内外の気鋭のデザイナーを取り上げ、美術館や画廊をはじめとする“主流とは異なる道を行く・もう一つの世界を示す” 「オルタナティブな場」としての独自性を築いてきた。そのdddが2022年7月、京都の中心地・四条烏丸にてリニューアルオープンし、“新たなチャプター=新章”に進み始めました。 そこで今回、新たな拠点での初の展覧会「ddd DATABASE 1991-2022」のキュレーションを担当された近畿大学准教授・後藤哲也氏に、dddの価値や今後の期待についてうかがいました。お相手は、dddの企画を担当する株式会社DNPアートコミュニケーションズの久保昭子が務めました。

目次

後藤氏と久保氏の紹介画像

プロフィール
後藤哲也(ごとう てつや)(写真左)

近畿大学文芸学部准教授。大阪芸術大学客員教授。デザイナー。東アジア~東南アジアを中心としたグラフィックデザインについての研究や現地調査を行う傍ら、デザイナーやキュレーターとしても活動。dddでは、アジアのグラフィックデザイナーを取り上げた展覧会「GRAPHIC WEST 7: YELLOW PAGES」や、韓国のグラフィックデザイナー・デュオ、Sulki & Minの展覧会「GRAPHIC WEST 9: Sulki & Min」などのキュレーションも担当。自著に、「K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在」等がある。
久保昭子(くぼ あきこ)(写真右)
株式会社DNPアートコミュニケーションズ 企画推進部

移転を機に、グラフィックデザインの存在を示す機会が拡大

後藤氏と久保氏の対談の様子

——2022年7月に烏丸に移転して、どのような反響がありましたか?

久保昭子:dddは大阪・堂島に開設した後、なんばを経て、京都の中心地から少し離れた太秦(うずまさ)に移って運用してきました。今回の移転先である四条烏丸は、阪急京都線や市営地下鉄烏丸線が通っており、ビルやショップが多く立ち並ぶエリアで、ランチや買い物のついで、学校帰りなどにも気軽に立ち寄りやすく、来館される方が増えました。

後藤哲也氏:太秦時代は、コアなデザイナーやグラフィックデザインを学ぶ学生のみが訪れているような印象でした。しかし四条烏丸に移転したことで、一般の学生やデザインに興味のない方も来館しやすくなったと思います。また、ガラス張りになったことでギャラリーに入らずとも展示が見えるため、より多くの方に認知してもらえるようになったのも大きいと思います。
個人的に面白いと思うのは、作品としてのグラフィックデザインと、生活の中でのグラフィックデザインを比較できることです。例えばポスターなどの場合、ギャラリーでは作品として展示されているのに、映画館ではただの広報物として壁に貼られている。日常生活の中では埋没しがちな“作品としての価値”に注目していただくという点でも、今回の移転は意義深いといえるのではないでしょうか。

建物外観画像

久保:移転後初の展覧会は、ギャラリーを運営するDNP文化振興財団の担当者とも相談し、過去のアーカイブ作品を使った“データベース展”とも言える「ddd DATABASE 1991-2022」を企画しました(タイトル使用写真)。全231回に及ぶこれまでの企画展を一挙に紹介することで、幅広い層にグラフィックデザインの魅力をアピールするとともに、dddというギャラリーの価値にも気づいていただければという狙いでした。キュレーションは後藤先生にご依頼しました。

後藤:デジタル化が進む現代では、印刷物というアナログな質感に触れる機会が減ってきています。そこで本展では、紙のポスターを俯瞰したり、斜めから見たり、手で触れたりといった感覚を刺激する内容にしました。逆に、作品に関する情報などは、閲覧性や検索性に優れたWebメディアを活用し、特設サイトでも公開しました。リアルとWeb、それぞれの長所を組み合わせた形です。

久保:特に若い世代からの反響は大きく、「昔のポスターの方が“絵的”で好き」「Webにいくらでも情報を載せられる時代なのに、なぜか実物のポスターの方が情報量が多い。逆転が面白い」など、新たな気づきや刺激があったようです。

後藤:紙のポスターを原寸大で見るのは、昔は当たり前でしたよね。ですが、その機会が減っている今、dddの存在価値はさらに大きくなっていくのではと考えます

化学反応が生まれるオルタナティブな視点

——後藤先生がdddで初めてキュレーションをされたのが2013年のことで、それ以来約10年のお付き合いがあります。あらためてdddの魅力とは、どのようなところにあるとお考えですか?

後藤:dddには、主流とは異なる道を行く“オルタナティブさ”があると思います。だからこそ、初めての感覚や刺激に出会うには絶好の場所。そもそも創設当初から、あまり知られていない海外のデザイナーをいち早く取り上げていて、外部の“いち観客”だった私から見ても、他のギャラリーとは一線を画す存在でした。

久保氏

久保:創設当初は、デザイナーの松井桂三氏がキュレーションをしてくださっていて、松井氏のネットワークをもとに、海外のデザイナーを多く取り上げていました。「誰も見たことのないものを見せる」というdddの遺伝子は、もしかしたら松井氏からきているのかもしれません。

ターニングポイントになったのは、堂島からなんば移転後に新たに始めた「グラフィックウエスト」展です。関西の新進気鋭のデザイナーとともに実験的な展示を行うシリーズ企画展で、dddとしての独自性を確立するうえで大きな役割を果たしたと思います。その後、より刺激的なデザインを求めるうち、いつしか関西という枠を飛び越え、広くアジア全域にまで目を向けるようになりました。

後藤:そのタイミングでお声がけいただいたのが、2013年の「GRAPHIC WEST 5 type trip to Osaka typographics ti:#270」でしたね。その頃から現在までを振り返ると、印象に残った展示が2つあります。

そのひとつは、2019年に行われた三重野龍氏の展示「GRAPHIC WEST 8: 三重野龍 大全 2011-2019 『屁理屈』」です。あえてキュレーターを入れずデザイナー自身に作品のチョイスやインスタレーションを委ねたことで、勢いのある若手デザイナー特有の熱をダイレクトに浴びることができる展示でした。それを許容する懐の深さも、dddらしいなと思いました。

2019年 GRAPHIC WEST 8: 三重野龍 大全 2011-2019 『屁理屈』

もうひとつは、2022年に行われた、書体デザイナー・鳥海修氏の展示「もじのうみ: 水のような、空気のような活字」です。鳥海氏のルーツとなる山形県・庄内平野や鳥海山のイラストを中央に設置したり、鳥海氏の書体が使われている書籍をずらっと並べたり。近年のトレンドである空間演出という視点も加わり、デザイナー以外の方も楽しめるエンターテインメント性に溢れた展示内容でした。

久保:同展は、鳥海氏のご意向で、複数の若手デザイナーと一緒に作り上げました。さまざまな人とコラボレーションをするからこそ化学反応が生まれ、展示がさらに面白いものになる。それを痛感させられた展覧会でした。

後藤:こうして振り返ってみても、dddは文脈も通例も関係なく、独自路線を突き進んだギャラリーだと感じます。結果的に、gggとは異なる“もうひとつの視点”を提供してきたのだと思います。

2022年 もじのうみ: 水のような、空気のような活字

鳥海修氏の展示画像「もじのうみ: 水のような、空気のような活字」2

2022年 もじのうみ: 水のような、空気のような活字

三重野龍氏
グラフィックデザイナー。大学卒業後、京都にてフリーのグラフィックデザイナーとして活動開始。美術や舞台作品の広報物デザインや、ロゴ、グッズなど、文字を軸にしたグラフィックを制作。またギャラリー<VOU>のグラフィックデザインを手掛ける他、ペイントユニット<UWN!(うわん)>の一員として活躍。

鳥海修氏
書体設計士。字游工房設立者の一人。自社ブランドとして游書体ライブラリーの游明朝体、游ゴシック体など、ベーシック書体を中心に100以上の開発に携わる。またDNPの「秀英体ファミリー」の一部の書体設計にも関わる。2007〜2017年まで京都精華大学で書体設計に関する教育や指導に当たる。現在、私塾「文字塾」塾長、武蔵野美術大学非常勤講師。

未来を担うグラフィックデザイナーが集い、輪をつなぐ場へ

——30年もの間、グラフィックデザインの価値や可能性を提示してきたddd。新たな場所・四条烏丸で、今後取り組みたいことは?

久保:個人的に思うのは、自然物以外は皆なんらかの人為的なデザインの影響下にあると考えると、私たちが取り扱うべき対象は無限にあるということ。人やモノ、文化が集まる京都の中心部に移転したことで私たち自身も刺激を受けながら、あらためてギャラリーとしての可能性を広げていかなければと、想いを新たにしています。

進化という点では、鳥海氏の展覧会を実施した際に感じた“他者との出会いがもたらす化学反応”をdddの“場の機能”として組み込めないかと、漠然と考えています。dddに集った人が交流し、つながり、その輪がさらに広がって、またdddに戻ってくる──そうしたグラフィックデザインの知の循環を支える存在を目指したいです。

後藤氏

久保氏

後藤:私が所属する近畿大学でも、実学的なデザインを研究する「デザイン・クリエイティブ研究所」が2022年に立ち上がりました。DNPの「グラフィックデザインを身近にしていきたい」という考えには共通したものを感じますし、グラフィックデザインを次の世代につないでいくために、リアルな場の存在は意義深いと感じています。

私自身は、久保さんがおっしゃる“知の循環”の学生版を見てみたいと思います。美術大学も多い京都の中心地に移転したのですから、例えば、有名デザイナーや大学と協働した学生向けのワークショップとか。さらに、大学の枠を外し、デザインに関わる人がオープンに集う“dddユニバーシティ”といったものも考えられるかもしれません。dddがそのハブ(結節点)となれば、京都という街全体がさらに盛り上がると思います。

ちょうどDNPは、国内外の著名なデザイナーが出展されるggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)も東京・銀座にお持ちでしたね。dddが未来のデザイナーが生まれるスタート地点だとしたら、gggは彼らが目指すゴール地点のような存在。両者を行き来する人やアートの循環が生まれたら、きっと楽しいでしょうね。デザイナーであり、教育者でもある私は、そんな未来も夢想しています。

※dddアクセスはこちら
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ddd/access/map.html