理念への共感が生み出した 助け合いのインフラ「&HAND(アンドハンド)」

松尾 佳菜子の写真
  • 社会課題解決
  • オープンイノベーション

語り:松尾 佳菜子 ABセンター コミュニケーション開発本部 &HANDサービスデザイングループ/サービスデザイン・ラボ兼務

ABセンター コミュニケーション開発本部
&HANDサービスデザイングループ
/サービスデザイン・ラボ兼務
松尾 佳菜子

助けたいという気持ちを後押ししたい

始まりは、松尾も一員だった異業種のメンバーが集まったチームでのアイデア出しだった。公共の場で、障がい者や高齢者、妊婦などが困っているシーンに直面したとき、助けたいという気持ちはあってもとっさに行動を起こせる人は意外に少ない。「初めての人には声をかけづらい」「周囲の目が気になる」「本当に困っているのだろうか」と躊躇(ちゅうちょ)して、タイミングを逸してしまうことが多いのではないか。そんなとき、“やさしさ”の背中をそっと押し、アクションにつなげる仕組みを作りたいという思いで進めているのが「&HAND(アンドハンド)」だ。

松尾は当時を振り返る。
「周りの人にさっと手を差し伸べられる人でありたいというのはメンバー共通の思い。&HANDは、サポートして欲しい人のためのツールであると同時に、手助けしたい!と思っている人の行動を後押しするツールでもあります。このふたつのニーズに応えることで社会全体をポジティブに変えていくことが、私たちの目標でした」

AND HANDの大きなマークを掲げたメンバー4人の集合写真,桃木 耕太さん:LINE株式会社/LINEのアカウントを使ったプラットフォームを提供。技術的な相談や連携など、実証実験のサポートを行った。タキザワ ケイタさん:一般社団法人PLAYERS/「スマート・マタニティマーク」と「&HAND」を発案。実証実験では映像制作など広報活動をサポートした。松尾 佳菜子さん:大日本印刷株式会社/「&HAND」のプロジェクト推進担当。プロジェクトマネジメントとサービス設計、およびシステム構築を担当した。天野 純一さん:東京地下鉄株式会社/「&HAND」実証実験の舞台となる車両を提供。社内の広告スペースを使ったPR告知も行った。
「&HAND」とは:コミュニケーションアプリ「LINE」を活用して、身体的・精神的な不安や困難を抱えた人と手助けしたい人をマッチングし、具体的な行動を後押しする仕組み。付近に設置されたBeacon(ビーコン:位置や情報などを知らせることを目的とした発信機)の範囲に入ると、&HANDから困っている人にメッセージが届き、「席をゆずってほしい!」などのサポートしてほしいことを発信する。そのメッセージが近くにいるサポーターに届き、「席をゆずれる!」などの意思表示をすると、両者がマッチングされる。アプリ画面:座席を譲りたい人は、&HANDのLINEアカウントに送信し、自分の座っている座席位置を伝える。相関図,①ビーコン電波の範囲に入ると困っている人に&HANDからメッセージが届く,②困っている人:困っていることを発信,③手助けしたい人:近くに困っている人がいることに気づく,&HANDスポット(LINE Beacon)が②困っている人と③手助けしたい人をつなぎ,④Chatbotを介してやりとり

個の思いを社会の思いに昇華するために

&HANDのアイデアは2016年9月のGoogle主催のコンテスト「Android Experiments OBJECT」※2でグランプリを受賞し、続く2017年3月にはLINE主催の「LINE BOT AWARDS」でもグランプリを受賞。 前後して、「妊婦さんなど、立っているのがつらい方に席をゆずり合う」アイデアを社内提案で検討していた東京メトロが&HANDへの参加の意向を表明するなど、その前途は有望に思えた。しかし、そこで最初の壁にぶつかる。社会インフラをめざすうえで欠かせない、事業母体として手をあげる企業が見つからなかったのだ。

「異業種チームのメンバーの人脈を使って、いろいろな企業にご説明に行き、『いいね』という共感を得ることができました。しかし社会的価値への賛同は得られるものの、事業をめざすうえでの難しさがそれぞれにあり、なかなか事業母体として参画いただく具体的な話に進みませんでした」
 そこで、松尾はある行動に出る。

  • 2:Google Android Experiments OBJECTでは、&HANDの前身である「スマート・マタニティマーク」として受賞

DNP社内にも広がる共感の輪

松尾が向かったのは自らが勤務する企業、DNPだった。印刷技術や情報技術を核に社会のさまざまな領域で多彩な事業を展開し、「未来のあたりまえをつくる。」を標榜するDNP。ある意味、&HANDを支えるオープンイノベーションの主体者としてこれほど適した企業はない。松尾は当時、サービスデザイン・ラボ(http://www.dnp.co.jp/cio/servicedesignlab/ (別ウィンドウで開く))という組織に所属し“新たな価値を生み出し続ける組織をつくる”ことをビジョンに、多様なクライアントと新サービス・商品を生み出す共創プロジェクトを実践していて、新規事業を進めるプロセスは前途多難であることは重々理解していた。

「一人で社内にかけあうのは難しい」と感じた松尾がまずはじめたのは、社内での仲間集めだ。思いのほか反響は大きく、UXデザイン、システム設計、プロジェクトマネジメント、PR設計など、さまざまなスキルをもった仲間が、&HANDの理念に共感して続々と集結。続いて、事業化を前提として実証実験の主体者として名乗り出るために経営層へのプレゼンの機会を得た。&HANDがインフラとして広まった先にある社会の姿や創りたい未来、そこでのDNPの役割をひとつひとつ丁寧に説明し、見事DNPが実証実験の主体者として&HANDプロジェクトを進めることになる。その過程で松尾は、&HANDがもつ不思議な求心力を感じたという。

「所属部署の枠組みを超えて多くの仲間が集まってくれたこと、短期間で経営層の理解が得られたこと、いずれのケースでも“&HANDは、生活者の役に立つ”と信じられる普遍的な価値が強みになりました。議論が白熱したとき、方向性がぶれてきたとき、そこに立ち返ると必ず共感が得られるのです」
 そして、2017年6月にLINEカンファレンスで「年内には実証実験を実施する」と宣言。DNP、メトロ、LINE、PLAYERSの協働プロジェクトによる妊婦を対象とした実証実験が次の目標となった。

ユーザー視点に立ち返ることが、プロジェクト推進の鍵

社会インフラとなるために避けては通れない実証実験。しかし、そこにはアイデアやビジョンだけではクリアできない、リアルな壁が立ちはだかる。当時を振り返って松尾は次のように語る。

「電車内における、一般の生活者に参加いただく実証実験となると、技術的な問題はもちろんのこと、身体的・精神的両面における安全の確保、交通分野や通信分野の規則の遵守、PR手段など課題は山積みでした。また、検証したいことを増やすと、クリアすべき課題も増えるという繰り返しで……。そこで困ったとき、悩んだときに軸にしたのが、“&HANDのユーザーにとっての最大の価値は何なのか?”という視点。 そしてそれを具現化するためのMVP※3は何か? 何のために実験をして、コンセプトの何を立証できれば、事業化にむけて進みだせるのか?を徹底的に議論し、サービスを設計しました。」

 多彩な企業が参加するオープンイノベーションでは、それぞれの業種におけるルールや言葉の違い、競合意識からくる温度差などが課題となりがちだ。企業の看板を背負う以上それらのクリアは必須であるが、ともすると本来の主題がぶれてしまい、でき上がったのは“誰も利用する人がいないサービス”というケースも少なくない。松尾たち&HANDプロジェクトチームは、関係者の理解を求めながらも、ときにユーザー視点に立ち返って不要なものを排除しつつ、ねばり強く交渉を進めていった。

  • 3:MVP
  • 実用最小限の製品: minimum viable product

実証実験でサービスの価値を確信

妊婦を対象とした実証実験が実施されたのは、2017年の暮れもおしせまった12月半ばのこと。東京メトロ銀座線の車内で5日間にわたって行われ、&HANDアカウントの友達登録数は11,415人、参加を表明したサポーターの登録数6,149人、実際にその場に足を運んだ実験参加サポーターの数は約270人、マッチング率86%、一機会あたりの平均サポーター数3.2人というデータが残った。発表から実施まで約6カ月という短期間のプロジェクトにしては、望外の反響だったといえるだろう。

「席をゆずってほしい!と発信した後、近くにいるサポーターの人数がスマホに表示されるのですが、ある妊婦さんは『助けてあげたいという人がこんなにいることがわかるだけで、嬉しかった』とおっしゃっていました。こうした想定ユーザーの反応はもちろんのこと、車掌や駅務員、当日アナウンスで知った人も含むその場全体に“やさしいオーラ”が生まれていたことも収穫です」
 そして何より、こうした反応を得られたことで“机上の空論であった&HANDの体験価値”、つまり、生活者にとって本当に魅力的なのか?という疑問に対して、このまま進めていい!という確信を得ることができたのだ。

持続可能なオープンイノベーションをめざす

チームとなってともに活動した東京メトロ、LINE、PLAYERSそしてDNPが一致して評価するのは、&HANDプロジェクトによってオープンイノベーションの可能性を実感できたこと。こうした動きは、今後各社で加速していくとみられる。ただし、現場にいた松尾には、また別の視点があるようだ。

「実証実験はひとつの通過点でしかないですが、オープンイノベーションの可能性と難しさの両面を感じた経験でした。思いを起点に集まり、どこにも属していないチームには特有の求心力がある反面、個々の場面で見ると、企業の看板を背負うことで生じる責任があります。まだオープンイノベーションという言葉に無限の夢を描く方も多いかもしれませんが、決して絵空事ではゴールできないというのが実感です。各社のリソースを組み合わせながら、それぞれが共有できる“解決したい、変えたい社会”をめざさなければいけませんし、1回限りで終わってもいけません。今後も、持続可能なオープンイノベーションの形を探っていく必要があると思います」

 今後は、視聴覚のバリアがある方にとってもあたりまえに使いやすいサービスにすることはもちろん、高齢者や海外からの観光客も視野に入れたインフラをめざしてさまざまな企業・団体と共創を進めていきたいという。メンバーの挑戦はまだ始まったばかりだ。

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