並んで立っているマーケティング本部の田井慎太郎(左)と平澤公孝(右)

人それぞれの興味に寄り添い、新たな文化体験を提供

DNPは、2022年9月17日にリニューアルオープンしたフランス国立図書館(BnF)のリシュリュー館に、独自に開発した鑑賞システム「DNPコンテンツインタラクティブシステム みどころビューア®」を提供し、好評を博している。同システムは、DNPが誇るフォトグラメトリ技術を駆使して、これまで技術的に困難とされてきた「光を反射する素材の作品」や「大空間の細部」の3次元デジタル化に成功。また、「人は興味を持った時、どのような行動に出るか」などを科学的に検証した結果を反映した体験設計(見せ方)によって、人それぞれの興味に寄り添った文化鑑賞を可能にする。このBnFとの共同プロジェクトで中心的役割を果たした、文化事業ユニットの平澤公孝(ひらさわ・きみたか)と田井慎太郎(たい・しんたろう)に、「みどころビューア」などDNPのコンテンツインタラクティブシステムの魅力や可能性を聞いた。

目次

フォトグラメトリ技術とは?

「フォトグラメトリ技術」とは、被写体をさまざまな方向から撮影し、コンピューターでデジタル画像を解析して、立体的なコンピューターグラフィック(3DCG)を生成する技術。カメラ・パソコン・専用ソフトで3DCGが生成でき、VRのコンテンツやゲームの背景への応用、建築・土木業界での保守管理、法医学分野での事故・犯罪現場分析など、幅広い分野で利用されている。

スチールカメラでさまざまな角度から対象物を撮影。

#1

撮影された

#2

撮影した複数の静止画から自動的に形状やテクスチャを再現した3Dモデルを生成。

#3

#4

フランス国立図書館に採用されたDNPの美術鑑賞システム

フランス国立図書館(BnF)のリシュリュー館を1721年の創設以来初めて全面改装する「リシュリュー・ルネサンス・プロジェクト」に、DNPは2019年9月から、アジア唯一の技術メセナ 1パートナーとして参加している。参加の鍵となったのは、DNPが培ってきたフォトグラメトリ技術と鑑賞体験の設計ノウハウだ。これまで3DCG化が難しかった、光を反射する素材で出来た作品や、広い歴史的空間の細部の造形を再現できるほか、再現した作品・造形の角度や大きさを自在に変えて見ることが可能で、実物ではかなわない鑑賞体験を提供できる。

  • *1 メセナ : 企業による芸術文化支援

3DCG化が難しかった光を反射する素材で出来た作品の画像

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田井慎太郎は、「我々のフォトグラメトリ技術は、形においても、表面の質感においても、再現性が高いのが強み。小さな対象物から大きな空間まで、品質を担保しながら再現できるのです」と胸を張る。照明などの撮影環境やカラーコントロールを最適化する印刷会社ならではのノウハウを駆使した高精細な“3次元デジタル化”と、作品に対する興味が広がる“体験設計”がBnFから評価された。

左図は、広い空間を撮影している様子。右上図は、自動で回転・撮影が可能な独自開発のターンテーブルを使用した様子。右下図は、印刷技術で培ったCMS(Color Matching System)を適用し、高度な色再現性を実現した様子。

左 : 広い空間を撮影している様子 (#7)
右上 : 自動で回転・撮影が可能な独自開発のターンテーブルを使用 (©DNP)
右下 : 印刷技術で培ったCMS(Color Matching System)を適用し、高度な色再現性を実現 (#8)

デジタル技術を使った文化鑑賞へのDNPの取り組みは、2006年に始まったフランス ルーヴル美術館との共同プロジェクト「ルーヴル-DNP ミュージアムラボ」に遡る。東京・五反田のDNPの拠点でもその成果を披露する展覧会を開催し、ルーヴル美術館の所蔵品の見どころや歴史的背景を、作品の実物とともにタッチパネルディスプレイなどで紹介。また、来館者が作品の制作技法を追体験できるインタラクティブなデジタルコンテンツなども開発・提供した。これらの新しい鑑賞システムの一部は、ルーヴル美術館などに期間限定で設置してきた。

そして、ルーヴル美術館でDNPの鑑賞システムに目を止めたBnFの関係者から声がかかる。同館が収蔵する歴史的な地球儀・天球儀のコレクションのうち、特に貴重な55点について、フォトグラメトリ技術でデジタルデータ化する共同プロジェクトが2015年にスタートしたのだ。そのノウハウの蓄積が、今回のリシュリュー館の「みどころビューア」につながっている。

リシュリュー館内の2カ所、天井全面にフレスコ画が描かれている「マザラン・ギャラリー」と、「ルイ15世の間」に「みどころビューア」は設置された。天井画(全長約45m、幅約8m)は、ローマ帝国の詩人オウィディウスの「変身物語」に由来するギリシア・ローマ神話を、ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリとその工房が描いた17世紀の傑作。実物は9メートルの高さにあるため、通常は間近で鑑賞することができない。それに対して、55インチのタッチパネルディスプレイを使った「みどころビューア」は、人が操作できる高さにあるため、天井画をさまざまな角度や大きさで鑑賞できる。多くの来館者が、実物と見比べて、興味を引かれた部分を拡大したり、題材となった神話の場面の説明を見たり、修復場所などを確認したりしている。

マザラン・ギャラリーの組み写真

左 : マザラン・ギャラリーに設置された「みどころビューア」 (#9)
右 : マザラン・ギャラリーの天井 (#10)

また、「ルイ15世の間」では、全面改修された絵画や調度品、部屋の装飾が24インチのタッチパネルディスプレイで閲覧できる。部屋全体の構造や、18世紀に王室がコレクションした絵画、調度品の詳細画像などの「みどころ」を堪能できる。

ルイ15世の間の組み写真

左 : ルイ15世の間(国王のキャビネ)に設置された「みどころビューア」 (#11)
右 : ルイ15世の間の情景 (#12)

「リシュリュー館は、ルイ14世や15世等が所蔵したものを脈々と伝えてきています。まさにフランスの歴史を体現する作品群があります。BnFの担当者等は、『作品の保存、研究と公開を通じて、その魅力を世界に伝えることがミッション』との強い想いを持っています。そのお手伝いができたのは、とても光栄です」と、田井はプロジェクトの意義を語る。

認知科学に基づいた体験設計で、鑑賞者の興味を引く

「みどころビューア」は、DNPコンテンツインタラクティブシリーズの一つ。デジタル化した作品のデータと、美術館・博物館/図書館/文書館(MLA:Museum/Library/Archives)の多様な知的情報である「みどころ」を組み合わせ、作品に対する興味のきっかけを提供する。「みどころビューア」のほか、「みどころキューブ®」「みどころウォーク®」など、全6種類の「みどころシリーズ」*3のシステムが開発されている。

マーケティング本部文化事業ユニット 田井慎太郎

このシリーズの基礎となるのが、認知科学に基づいた“体験設計”だ。初期画面を動きがあるものにすることで、ユーザーが触りたくなるようにしている。鑑賞者の興味を引き、積極的にタッチしてもらい、詳しい説明に辿り着いてもらう。鑑賞者が簡単に操作方法を理解し、操作しながら得られた情報を自分自身に定着させていく。それが、体験設計の大きな狙いだ。田井は平澤公孝とともに、BnFのプロジェクトが決まった当初から、DNP内のヒューマン・エンジニアリング・ラボの認知科学・人間工学の専門家とディスカッションを重ね、「みどころシリーズ」の体験設計を進めてきた。

「DNPミュージアムラボ」の取り組みにおいては、その成果を生活者に向けて展示するイベントも行っており、そこに「みどころシリーズ」を出展しながら、体験設計の有効性などを検証してきた。平澤は、「来館者がシステムを利用する状況を観察し、アンケートも実施しました。多くの方が我々の設計通りに情報を『自分から積極的』に得ている姿が確認できています」と、設計に自信を見せる。

BnFには導入していませんがそこで特に好評だったのは、マザラン・ギャラリーをバーチャル空間で鑑賞できる「みどころウォーク」だ。VRゴーグルを装着し、リアルな手すりをたどりながら実際に移動することでVR空間内を動き回ることができる。「リダイレクテッド・ウォーキング技術*4」を組み込むことで、限られた展示空間内でも広いVR空間を移動しているような錯覚を促す。また、手すりなどの手触りに加えて音の効果も取り入れて「クロスモーダル知覚*5」を活用し、より五感に訴える鑑賞体験を実現している。

  • *4 リダイレクテッド・ウォーキング技術 : 実空間とVR空間でのそれぞれの移動量に気付かれない程度のズレをつくり、無意識な影響を与えることで、狭い実空間でも広いVR空間を歩行している感覚を提示する技術。実際に歩く動作を取り入れることで、VRによる酔いを軽減するとともに、空間の把握がより正確になる効果がある。開発に当たり、東京大学 葛岡・雨宮・鳴海研究室の鳴海准教授および松本助教による技術監修を得た。
  • *5 クロスモーダル知覚 : ある感覚での知覚が、同時に提示された他の感覚の影響で変化して生じる知覚。

国内のMLAに重点的に展開し、教育にも利用

これまで、ルーヴル美術館やBnFなど、海外のMLAとの共同プロジェクトが続いたが、平澤は、「今後は国内、その中でも特に地方との共同プロジェクトを重点的に進めたい」と、国内の文化振興への貢献に意欲的だ。デジタル化によるMLAの所蔵品情報の共有に加え、そのデータに新しい価値をプラスして、地元の人々や観光客に親しんでもらうことを目標にしている。すでに、世界遺産に指定された秋田県北秋田市・伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡の「伊勢堂岱縄文館」との間で、プロジェクトが進んでいる。

マーケティング本部文化事業ユニット 平澤 公孝

「文化は地域に根付いています。地域の人々の誇りとして表現し、残すのが我々の活動の意義です。北秋田のプロジェクトでも、価値のある文化をより多くの人たちに知ってほしいと思っています。分かりやすいデータでそのような文化が残っていると、自分の住んでいるところが一層好きになると思います。そして、自身の地域の誇りに気づいてもらいたいです」と、平澤は力を込める。

平澤はまた、教育分野での利用にも可能性を感じている。「子どもたちは、それぞれ興味の対象が違います。特に美術鑑賞の場合は、さまざまな切り口を提供することで、多様な興味を持つきっかけをつくる必要があります。この点でインタラクティブコンテンツは非常に有効です。」

すでに2022年12月には、デジタル化した画像やテキスト等を3次元の座標軸上に置いた「みどころキューブ」を小学校の授業で活用する実証実験をスタートさせた。このシステムを使って、子どもたちに主体的に地域の歴史について学んでもらい、理解や学習態度に変化が見られるかどうかを検証していく。さらに検証を進めて、ふるさとに愛着と誇りを持つ子どもが増えるよう、「みどころシリーズ」の活用を促進する。

DNPが考える文化活動の意義とインタラクティブコンテンツの可能性

新たな鑑賞システムをはじめ、さまざまな分野に対応できるDNPのインタラクティブコンテンツ。今後拡大が予想されるメタバース市場への参入も視野に入れている。特に「みどころウォーク」は、事業の軸足をSNSからメタバースに移行したメタ社からも、「美術品の再現のクオリティが今まで見たことがないほど高い」と高評価を受けている。このシステムは、メタ社のヘッドマウンドディスプレイを採用しており、2022年11月開催のIoT展示会「CEATEC 2022」では、メタ社の展示スペースで披露されるなど(写真参照)、今後のメタバースへの活用に期待がかかる。

CEATEC 2022でメタ社のヘッドマウンドディスプレイを装着し「みどころウォーク」を体験している画像

#13

DNPはまた、グラフィックアートの専門ギャラリーを東京と京都で長年運営し続けているほか、京都の文化遺産を保存し、次世代へ継承する「京都・文化遺産アーカイブプロジェクト」など、文化に関連する多様な活動を推進している。DNPの前身の一つである秀英舎が1876年に創業した際の、「活版印刷を通じて人々の知識や文化の向上に貢献したい」という思いにも通じる取り組みだ。田井と平澤は今後も、インタラクティブな鑑賞システムの魅力をさらに高め、文化財の保存・継承・公開などの活動を加速し、多くの人々が文化を学び、新たな体験を得られるように、文化振興の未来をより良いものにしていく。

  • *6 Image #1#8 : ©David Paul Carr / BnF
  • *7 Image #2#3#4#5#6#7#13 : ©DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2021, - with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.
  • *8 Image #9#10#11#12 : ©DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, - with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.
  • *9 「みどころキューブ」「みどころビューア」「みどころウォーク」は、DNP大日本印刷の登録商標です。
並んで立っているマーケティング本部の田井慎太郎(左)と平澤公孝(右)

<プロフィール> 大日本印刷株式会社
マーケティング本部 文化事業ユニット
田井 慎太郎(左)、平澤 公孝(右)

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