AI inside 株式会社の渡久地択氏とDNP常務沼野芳樹による対談の様子

【役員対談】AIで切り開く新しい社会

DNPは、AIプラットフォームの開発で急成長するAI inside 株式会社と資本業務提携を締結し、AI-OCRの活用をはじめとしたBPO事業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しています。企業活動へのAI導入が浸透しつつある中で、両社のコラボレーションはビジネス社会をどのように変えるのか——。AI inside 株式会社の渡久地択氏(同社代表取締役社長CEO)と、沼野芳樹(大日本印刷株式会社常務執行役員)が語り合いました。

目次

  • 2020年6月10日ソーシャルディスタンスを保ちつつ、対談を行いました。

思いの共有からスタートした両社のコラボレーション

渡久地
AI inside がDNPさんと資本業務提携をしたのは2018年の2月。まだ取引先が10社程度のスタートアップで、赤字会社でした。

沼野
DNPは、以前から主力事業の一つであるBPO(※1)事業のDXを構想していました。一連の業務の中で課題だったのが、手書き文字などをデジタルデータにする入力の工程です。

帳票類に記入された情報は、すべて人の手でデータ化していました。1チーム3人で、2人が入力してもう1人が正確性をチェックするという流れなのですが、情報量が多ければ多いほどチームの数も必要となります。また、重要な個人情報を扱うのでセキュリティの高い作業環境も規模に応じて必要となります。

そこで、さらなるコスト削減と正確性やスピードアップという価値を顧客企業に届けたいと、AI-OCR(※2)に着目しました。

当時、複数社の技術評価を行ったところ、AI inside さんの「DX Suite」の読み取り精度が極めて高かったのです。その後、渡久地さんとお会いした際、200年も先の未来を予測してビジネスや社会がどうなるかを大真面目に熱弁されました。個人的には、そんなまっすぐな人柄に惹かれました。

渡久地
私も、会って数分後に、「出資の可能性はあるか?」と聞かれたのは嬉しい驚きでした(笑)。スタートアップの当社を共創のパートナーとして見てくれる姿勢に心を打たれ、ぜひ一緒に何かしたいと思いました。

  • BPO:業務プロセスの一部をアウトソーシングすることを指す。DNPは現在、約2,500社にBPOサービスを提供。申込書、本人確認書類、請求書、領収書など個人情報を大量に取り扱う業務が大半を占める。
  • AI-OCR:AIによる機械学習やディープラーニングの成果を応用することでOCR(光学的文字認識)の精度や汎用性をさらに高め、より広範な用途への適用を目指す技術

高校を卒業したばかりの渡久地氏が書いた“未来年表”の一部

2004年、高校を卒業したばかりの渡久地氏が書いた“未来年表”の一部。200年先までの未来が書き込まれており、「生きているうちに最も社会的ニーズが高まるのが、『AI』と『宇宙』だと予測しました」(渡久地氏)という。

スタートアップ企業の成長を可能にする強力なパートナーシップ

沼野
いち早くAI-OCRを導入したかった一方で、個人情報の取り扱いといったデリケートな面があるため、単なる委託にとどまらない強固なリレーションシップを築きたかったのです。

出資額は多くなかったものの、DNPがスタートアップ企業に出資したのはおそらく初めてのケース。時価総額1,000億円を超える企業に急成長した現在でも、渡久地さんはこの関係性を大事にしてくれており、パートナーとして積極的に提案をしてくださっています。

渡久地
AI-OCRの分野で当社の契約数は5,800件(2020年6月時点)を超えますが、業界でも稀なケースだと思っています。スタートアップ企業は顧客企業の数が少なく、フィードバックが足りません。すると、顧客ニーズに応じたサービス改善ができず、成長が滞りやすい。

当社は、多くの企業にBPOサービスを提供するDNPさんとの業務提携を通じて、幅広い顧客ニーズのフィードバックを得られたからこそ、サービスの質をスピーディに向上させることができました。DNPさんとの提携がなければ、現在の当社はなかったと断言できます。

沼野
四半期ごとにステアリングコミッティを実施し、忌憚のない意見交換を行うことで、スピーディな判断が可能になったのでしょう。受け身にならないAI inside さんの姿勢が、良好な協力関係につながっています。

渡久地
AIのように新しい領域は不透明な部分が多く、ビジネスにしていく過程で必ず紆余曲折が生じます。その紆余曲折を一緒に経験していく共創と、互いの長期的な構想のために「やる」と決めたことを実現するという、共通の思いが土台になっていると思います。

渡久地択氏(奥)と沼野芳樹(手前)の対談の様子

和やかな雰囲気の中で意見交換を行う渡久地択氏(奥)と沼野芳樹(手前)

人材交流で活発に行き交う両社の知見

沼野
人材交流も協業の強みです。DNPの技術部門のメンバー数名がAI inside さんへ出向し、非常にスキルアップして帰ってきました。AIのスペシャリストたちのそばで日々仕事をする体験には、代えがたい価値がありました。

渡久地
当社のスタッフは、単に出向者として受け入れるのではなく、一緒に研究や開発を行うイメージで取り組んでいました。その結果として、本人確認書類の写しを種類ごとに仕分けするという、高度な技術を要するプロダクトを共同開発できました。

沼野
免許証やパスポートなど、多岐にわたる本人確認書類の自動仕分けが実現できれば、作業効率が大幅に上がるという仮説を立ててスタートしたわけですが、目論見通りの成果を挙げました。DNPの顧客のニーズと、AI inside さんの知見をうまく組み合わせることができた好例だと思います。

新たなソリューションを生み出す協業のシナジー

沼野
協業によるシナジーは、リソースを組み合わせた時に発揮されます。例えば、金融機関からお受けするBPOでは高度なセキュリティを求められるため、AI-OCRのエンジンをDNPが持つデータセンターの中に設置しなければなりません。両社が協力してDNPのデータセンターの環境を構築したことで、顧客企業に安全・安心を提供できるようになりました。

渡久地
自社のコア技術を提供することに対して慎重論があるかもしれませんが、長期的視点を共有できるDNPだからこそ踏み切れました。当社のミッションである、「世界中の人・物にAIを届け 豊かな未来社会に貢献する」を実現する重要な一歩だと捉えました。

沼野
BPOの入力業務においては、AI-OCRを活用したことで、当初の仮説通り約35%の効率化に成功しました。AI-OCRのめどがついた中、AI inside さんとは、新たなサービス開発を議論すべきフェーズに入ったのだと感じています。

渡久地
アウトソーシングの文化が希薄な日本ですが、労働人口が減少することで、今後は需要が高まるでしょう。幅広い領域を視野に入れ、新しいサービスを開発したいですね。

話をする沼野

「渡久地さんは新しい提案をどんどんしてくれる。常にAI-OCRに続く次の一手を考えています」(沼野)。

AI-OCRの次なる一手は人間の目の代替

沼野
AIは人間の「目」に代わるものであり、「識別する」という領域の全てに活用できます。AI-OCRは、OCRという既存の技術を高精度化したものですが、今後は未踏の領域にも挑戦していきたいですね。

渡久地
ごみ処理場では、ゴミの中から危険物を検知する工程でわれわれのAI技術が活用されています。こうした画像解析のAIは、例えばスマートファクトリーでマザーボードやプリント基板の傷やホコリを見つけるといったことも可能です。

沼野
自然言語処理や画像解析の領域は、DNPの事業領域との親和性が高いですね。それだけでなく、これまで人間の目で行っていた作業にAIを活用することで、あらゆる業種でBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が進み、顧客企業はもちろん、社会全体の課題解決に貢献できるはずです。

パソコンを横に置き、話をする渡久地氏

ごみ処理施設におけるAI活用について説明する渡久地氏。「例えば、さまざまなデザインやサイズのスプレー缶を『これはスプレー缶』と認識できるのはAIならでは。幅広い分野に応用できる技術です」

AI開発で最も重要なのはCXの視点に立つこと

沼野
BPOにおけるAI導入で重要なのは、技術を起点とするのではなく、CX(カスタマーエクスペリエンス)の視点に立つことです。
今回の新型コロナウイルスによって、書類の非効率性が改めて顕在化しました。今後、電子化が加速するのは明らかですが、かといって手書きの書類はなくならないでしょう。「書類フォーマットの完全電子化」と「電子化できない書類のデジタル化」の両立という、難題を抱える現場でこそ、AI-OCRの存在意義が高まるのです。

渡久地
CXの視点で必要になるのは、誰もが使用できる汎用性の高いAIプラットフォームです。現在、AI開発は専門のエンジニアが担っていますが、現場の課題を解決するためには、課題を抱えるユーザー自身がAIをつくるのがベスト。水や空気のように、世界中の人が自由に使えるようになることが、私が理想とするAI像です。

沼野
確かに、AIを自分でつくることができれば、真のニーズに応えるAIが次々と生まれていくでしょう。とはいえAIは、DXを推進するための一つの技術です。

目的は、顧客企業のCX、さらに、その先にいる生活者のCX=体験価値の最大化であるべきです。私たち、DNPの情報イノベーション事業部がめざしている「DX for CX」は、体験価値を高める手段としてのDXという形で、目的と手段を明確に区別しています。

渡久地
同感です。当社も根本の方針として、CXの向上を最優先としています。長い歴史を持ち、多くのステークホルダーを抱えるDNPさんに対して、リクエストや、期待を上回る提案をし続けたいですね。DNPさんの事業領域は本当に広いので、協業していて面白いのです。

ウィズコロナ時代の変化は、なすべき移行の前倒し

沼野
ところで、新型コロナウイルスによるさまざまな変化をどのように見ていますか?

渡久地
人々の生活が大きく変わることは間違いないですよね。ただしその多くは、新型コロナウイルスの影響による、誰もが予期しなかった変化ではないと思います。本来取り組まなければならなかった重要な変革が、前倒しになると捉えています。

沼野
全く同感です。私たちが「3年後、あるいは5年後は、きっとこうなっているんだろう」と、想像していた世界が、新型コロナウイルスによって、あっという間に到来したという見方ですね。

渡久地
そうです。当社では以前からリモートワークを推奨していたので、新型コロナウイルスによって働き方が変わったわけではありません。

私生活でも、もともと鎌倉の山に囲まれた場所に住み、読書や散歩、家具づくりをして過ごすなど、自分にとって本質的に大切だと思うことを意識してきたので、外出自粛による価値観の変化もさほどありません。本当に重要であることを想像できれば、この先にどんな変化が起こるかを、ある程度予測できるはずです。

渡久地択氏(手前)に向かって話す沼野芳樹(奥)

「新型コロナウイルスで未来が前倒しで訪れた」と、両者の見解は一致

あるべき姿に変化する「場所」「時間」「働き方」

渡久地
また、新型コロナウイルスによるさまざまな変化の多くは、“本質的には起こるべきだったけれども、まだ起こっていなかった変化”だと考えています。

一つは、「場所」です。会議のオンライン化によって職場そのものの重要性は低下しましたが、この変化はすでに起こっていてもおかしくありませんでした。なぜなら、あらゆることは分散化の方向に進むからです。北海道胆振東部地震の連鎖停電のように、一か所がダウンすると全てに影響するのはリスクが高いわけです。新型コロナウイルスが過去の疫病に比べて感染拡大が早かったのは、人々の交流が活発化し過ぎていたからで、部分的なリスクが全体に広がった例です。

もう一つは、「働き方」です。いわゆる「9時-5時」などの時間管理を軸にした評価制度は、テレワークの浸透によって成果型への転換が進んでいます。時間の使い方の多様化を許容できるようになったともいえます。

その先の変化として考えられるのが、モチベーションの重要度が高まるということです。働く場所や時間に制限がなくなることは自己管理とセットになるわけですが、そもそもモチベーションが高ければ、「働かなければならない」という自己管理すら不要です。

従業員が会社のビジョンに共感し、ワクワクしながら仕事に取り組める環境づくりが進むのではないでしょうか。

重要なのは発明でなく発見。変化の中に本質を突き止める

沼野
いまだに日本には上司が部下に指示する文化が根強く残っています。しかし、そうした働き方は本質的ではありません。評価と指示は与えられるものではなく、仕事の定義を自分で考えなければならない時代になるのでしょう。

私自身、日々の仕事は、「報告を受ける」「判断を下す」「相談に乗る」といったことが大半でしたが、テレワークではその頻度が激減し、時間を持て余すこともありました。自分自身の仕事における価値について、改めて考える機会になりました。

渡久地
管理職には管理職ならではの本来の価値があるのだと思います。その価値を見つけ出すことが大切だと思います。

私は、人間は「発明」ではなく「発見」しかできないと考えています。例えば、ニュートンは万有引力を発明したのではなく、宇宙に存在していた法則を正しく把握しただけです。

AIの開発でも、働き方や会社の本質的な価値でも、人間は本来あるべき姿を発見することしかできません。新型コロナウイルスの影響で、これまでアンバランスだったさまざまな仕組みが崩壊したことで、むしろ本質が見えやすくなりました。今後は発見がたくさん生まれるのではないでしょうか。

沼野
移動が制限されたことで、移動することの価値を発見したことは、その一例ですね。犯罪者を収監することが普遍的な罰則であるのは、移動が人間の本質的な欲求だからだと、ある研究者がテレビで語っていました。移動における行動様式が変わることで、社会システムが大きく変化するかもしれません。

渡久地
仮に新型コロナウイルスが現れなかったとしても、サステナビリティの視点に立てば現在の社会システムを維持していくのは難しい状況でした。変化を避けられない中で、新たな課題に直面した時こそ、AIの真価が発揮されると思います。

沼野
あらゆる課題に対応することが、ウィズコロナ時代のAIとそれを使う人々に求められているのだと思います。渡久地さんが掲げる、“全ての人が自由に使えるAI”が本当に必要な時代は、すぐそこまで来ているのでしょうね。

無限に広がる領域にAIを組み込む未来

渡久地
世の中の事象の多くはルールに沿って動いているわけではなく、形式的な作業だけでは解決できないことがほとんどなので、従来のコンピューター・プログラムでは対応できません。AIも単なる技術なのですが、使われ方によって無限に可能性を広げられ、人間のあらゆる営みに組み込むことができます。

「AI inside 」という社名には、全てのものにAIを搭載したいという意味を込めています。現在はCompanyやFactoryですが、HouseやEntertainment、そしてHuman…。あらゆることに活用できる可能性があります。AIをつくる人が増えれば増えるほど、アイデアも広がるはずです。

沼野
AIが、当たり前のインフラになる未来を描いているわけですね。渡久地さんは、私にはまったく想像がつかない着想をたくさん持っていますよね。いつも刺激を受けます。

渡久地
…じゃあ、一緒にスーパーシティを作りませんか!?

沼野
さすがに構想がデカすぎるかな(笑)

プロフィール写真:(写真:左)渡久地 択氏 AI inside 株式会社代表取締役社長CEO。(写真:右)沼野 芳樹 大日本印刷株式会社常務執行役員。

【プロフィール】
渡久地 択(写真:左)
AI inside 株式会社代表取締役社長CEO。2004年に人工知能の研究開発を始める。以来10年以上にわたって継続的な人工知能の研究開発とビジネス化・資金力強化を行い、2015年同社を創業。サービス開発と技術・経営戦略を指揮し、多数の技術特許を発明。

沼野 芳樹(写真:右)
1984年4月大日本印刷株式会社入社。情報イノベーション事業部副事業部長、BPOセンター長などを経て、2017年大日本印刷(株)執行役員、2020年6月常務執行役員に就任。情報イノベーション事業部長を兼任、事業のデジタルトランスフォーメーションを牽引する。


【AI inside 株式会社について】
2015年に創業したAI開発・提供の先進企業。AIを活用した光学文字認識技術「AI-OCR」で市場シェアトップに立つ。
主力サービス「DX Suite」は、手書きの文字や印刷された書面を高精度に読み込むソリューションで、申込書、本人確認書類、請求書、領収書など、あらゆる書類を自動でデータ化する。文字認識だけでなく、書類の仕分けや項目を判別した抽出も可能。契約件数は5,800件を超え(OEM製品を含む)、手入力作業の自動化による業務効率化に貢献している。

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